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未来設計図
いつもの休憩所の椅子に腰掛けながら、篠宮は苦虫を噛み潰したような顔で、ひたすら昼食の激辛カレーを口に運んでいた。
「もうっ、篠宮さん。往生際が悪いよ? 約束は約束なんだから。きちんと守ってよね」
結城が口を尖らせて文句を言う。
彼の言うことは正論だ。副業が禁止されていたら断る。自分でそう念を押したのだから、逆であれば引き受けるのが道理だろう。
「しかし……まさか、良いと言われるとは思ってなかったんだ」
「そりゃあ俺も思ってなかったよ。日本の会社っていったら、八割くらいは副業禁止だからね。でも実際、うちの会社では許可してたんだから。やるしかないでしょ? ここで嘘ついて誤魔化したところで、ちょっと調べられたらすぐに分かっちゃうよ。それでもいいの?」
めずらしく結城に諌 められ、篠宮は何も言えないまま力無く肩を落とした。今回に限っては、結城の言葉は一分の隙もなく正しく、反論のしようがない。
「……解った。今日の仕事が終わったら、私から彼女に電話しておく。ただし……引き受けるのには条件がある」
「ええ? 篠宮さん、まだそんなこと言ってるの? この期に及んで『条件』なんて……諦め悪いよ」
「話は最後まで聞け。誰もやらないとは言ってない。いいか。この件に関して、交通費だけは貰おうと思うが、謝礼は受け取れない。君もそれでいいな」
「ええっ、どういうこと?」
「私たちはプロではないんだ。カメラマンの要望に、望みどおり応えることはできない。もちろん雑誌の売り上げに貢献できるとも思えない。それで謝礼を貰おうなんておこがましいだろう」
「もう、ほんと真面目だなあ……まあいいです。俺だって、別に謝礼が欲しいわけじゃないし。雑誌の撮影っていう、滅多にできない体験を篠宮さんと一緒にできるんだったら、俺はそれだけでいいですよ」
「まったく……どうして君は、この話にそんなに執心してるんだ」
篠宮は呆れた声で尋ねた。もしかして結城には、芸能界に入ってみたいという気持ちがあるのだろうか。彼くらい恵まれた容姿の持ち主なら、そう思うことも一度や二度くらいはあるのかもしれない。だが、結城の答えは篠宮の予想とはまったく異なっていた。
「だって。雑誌のモデルなんて、チャンスがめぐってきた今しかできない事でしょ? それに……出版業界にコネを作っておけば、将来的に役に立つかもしれないし」
「将来って……社長になりたいという、あの件か」
「そうですよ。親父から譲ってもらうにしても、新しく会社を興すにしても、今から人脈を作っておいて損なことはないもん」
「それは、その……いい心がけだな」
まだ年若い、二十三の青年とは思えない言葉に、篠宮は思いがけず感心した。何も考えず、ただ面白そうだから乗り気なのかと思っていたが、意外としっかりしている。
「代表取締役社長……いい響きですよね。篠宮さんを専属秘書にして、結婚して大きな家建てて、仕事でもプライベートでもラブラブしたいってのが俺の未来設計図なんだから。今から楽しみですー。えへへ」
にやけた顔で目尻を下げまくる結城を見て、篠宮は胸の中でそっと前言を撤回した。
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