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お似合いのカップル

「……あ、到着されました?」  不意に、ロビーの先にある廊下から男性の声が聞こえた。  篠宮は声のする方向に眼を向けた。背の高い青年と、それとは対照的に小柄で華奢な感じの若い女性が、並んで歩いてくるのが見える。 「あ、今日のスタッフを紹介するわ。前にいちど会ったと思うけど、こっちがカメラマンの安藤くん。で、こっちがヘアメイク兼スタイリストのユカリちゃん」 「安藤です。よろしく」  カメラマンの青年が軽く会釈する。続いて、スタイリストといわれた女性が笑顔で挨拶をした。 「ユカリです。今日はよろしくお願いします。ええと……篠宮さんと結城さん、ですよね。可南子さんから話は聞いてたけど、お二人とも背は高いしお顔も整ってるし、本当にお似合いのカップルなんですね。びっくりしました」 「かっ……カップル?」  いきなり飛び出した単語に、篠宮が驚いた顔をする。彼女は無邪気な口調で話を続けた。 「ええ。可南子さんが、めちゃめちゃ素敵なカップルを街で捕まえたって豪語してたから。嘘でしょと思ってたんですけど、今お二人に会って納得しました。同性同士だと法律的にいろいろと大変なこともあるでしょうけど、頑張ってくださいね。私、応援してますから」 「い、いや、それは……」  背中の辺りに冷や汗を感じながら、篠宮は曖昧に言葉を濁した。カップルなのは間違いないが、初対面の女性にそれを言われるのはどうにも居たたまれない。 「え? あれ? 恋人同士って伺ってたんですけど。違いました? カップルって、そういう意味じゃなかった?」  ユカリが困ったような顔で首を傾げる。結城が慌てて間に割って入った。 「違いません! 正真正銘、相思相愛のカップルですよ!」 「なっ……!」 「違わないでしょ? 後でラブラブな写真撮ってもらうんだから、その点ははっきりしておかないと」  反論しかける篠宮の顔を、結城が横目で睨みつける。彼がモデルを引き受ける条件として、ラブラブ写真云々の約束を取り付けていたことを思い出し、篠宮は観念して黙りこんだ。 「いいじゃない。真剣に愛し合ってるなら、別に隠す必要もないと思うわよ。いちど好きになっちゃったら、男とか女とか関係ないと思うし」  篠宮と結城の間に立ち、可南子が強引に話をまとめる。周りに気づかれないよう、篠宮は胸の奥でそっと嘆息した。なぜ自分の周りの女性は、こうも同性同士の恋愛に理解があるのか。別に否定してほしいわけではないが、ここまで手放しに認められると、必死に隠そうとする自分のほうがおかしいのではないかと思ってしまう。  隣にいる結城の横顔に眼を向け、篠宮は微かに頰を紅くした。何はともあれ、知られてしまったものは仕方ない。今日のこのメンバーから、会社に秘密が漏れる可能性は低いだろう。自分たち二人の関係を周りに暴露したところで、彼らにはなんのメリットもない。 「というわけで。安藤くんとユカリちゃんと私、今日はこの三人のスタッフで対応させてもらうわ。お二人がイメージしてた『雑誌の撮影』とはちょっと違うかもしれないけど、あんまり物々しくないほうが、あなたたちもリラックスできるかと思って。それに、そんなに気合い入れて撮影しちゃったら、本職のモデルの子たちが可哀想でしょ?」  可南子がそう言って微笑む。すぐに返事をすることもできないまま、篠宮はややうつむいて視線だけを前に向けた。  結城との関係が、この場の全員に知られているのは計算外だった。だがそれは、二人で寄り添って写真を撮りたいという結城の希望を叶えるのであれば、遅かれ早かれ露見していたことだ。  謝礼こそ出ないが、いちど引き受けたからには出来るかぎりの努力をしよう。そこまで考えたところで、篠宮はようやく開き直って肩の力を抜くことができた。 

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