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綺麗なのは当然
「それじゃ、篠宮さんのほうからメイクさせていただきます。済みません、結城さん。少しお待ちくださいね」
美容室にあるような大きな鏡の前に篠宮たちを座らせると、ユカリは不意に笑みを消して、自分の仕事に真摯に向き合う職人の表情を見せた。
「篠宮さん、お肌綺麗ですね。何か特別なお手入れとかしてます?」
篠宮の前髪をクリップで留めながら、彼女がそう問いかけてきた。仕事柄、美容に関する情報は常に気になるところなのだろう。
「いえ……たまにそう言われますが、別に、特に手入れなどは」
「ええ? 本当ですか? 羨ましい……」
ユカリが、ちょっとばかり悔しそうな顔で口を尖らせる。なんとなく気まずさを感じて、篠宮は微かにうつむいた。
子供の頃、きめ細かくて色白の肌だと言われたことはある。だが、子供の皮膚が曇りなく滑らかなのは当たり前のことだ。別に褒め言葉だったとも思えない。
「えへへー。そりゃ、篠宮さんが綺麗なのは当然ですよ。なんたって、俺が美容にいい物たくさん食べさせてますからねー」
結城が横から口を挟んだ。
「へえ。お二人で、よく食事に行ったりするんですか?」
「食べに行くこともあるけど、大抵は俺が作ってますよ。外食が多いと身体にも良くないし」
「結城さん、お料理できるんですか? すごい! 本当にラブラブなんですね」
「そりゃもう! 世界中の誰にも負けませんよ。へへー」
聞くに耐えない結城の惚気 話をなんとか聞き流しながら、篠宮は彼と出逢って過ごしたこの半年間の事をもういちど思い返した。
綺麗。透き通るみたい。色っぽい。結城との関係が深まるにつれ、周りにそう言われる機会が格段に増えている。最初は気にも留めていなかったが、ある日ふと鏡を見た時に、確かに以前の自分とは違うと思う瞬間があった。
なんの手入れもしていないのに、なぜ肌の色艶が良くなったのか。食生活が変わったせいもあるが、それとは別に、もうひとつ大きな理由がある。その事を考えると気恥ずかしくてたまらない。
「さてと。じゃ、ベースから塗っていきますね」
コットンに化粧水を含ませて肌を整えると、彼女は商売道具のブラシを手に取った。
「うーん。浴衣だから、あんまりばっちりメイクするのもアレだしなぁ。眉を少し描いて……ハイライト入れるくらいでいいかな」
独り言のように呟きながら、彼女が篠宮の顔に刷毛を滑らせる。はい出来上がり、と前髪のクリップを外された篠宮は、時計を見て拍子抜けした。メイクを始めてから終わるまで、時間にして五分も経っていない。
「意外と早く済むものなんですね」
「だって。直すとこ無いんですもん」
さらに何か言いたそうな顔をしながら、ユカリは眉をしかめた。腕の振るいようが無いのが、かえって不満らしい。
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