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完璧です
「あの上の段に置いてある三枚が、右から順番に、篠宮さんに着ていただく浴衣です。これから着付けになるんですけど、その前に結城さんのメイク終わらせちゃいますね」
篠宮はユカリが指差す方向に眼を向けた。浴衣と帯が三組、セットにして綺麗に並べてある。いちばん右の一組には、二部式と思われる白い肌着が付いていた。
「あの。浴衣なんですが……自分で着てもかまわないでしょうか」
いくら彼女にとって仕事だとはいえ、女性の前で裸になって肌着から着せられるのは抵抗がある。そう感じた篠宮は、声を低めつつ控えめに申し出てみた。男の浴衣は女性に較べると簡単だから、基本的なことさえ押さえておけば、誰が着付けても仕上がりに大差はないはずだ。
「あ、ご自身で着られます? いいですよ、そのほうが時間短縮になりますから。そこのドア出て、お隣の部屋で着替えてきていただけますか? もしかしたら撮影前に、細かいところをお直しさせていただくかもしれませんけど」
「はい。帯は普通の男結びで良いですか?」
「そうですね。男性の浴衣は帯あんまり写さないから、そんなに凝った結び方じゃなくても大丈夫ですよ」
「分かりました。では、衣装をお借りいたします」
ユカリが快諾してくれたことに安堵しながら、篠宮は立ち上がった。棚に並んだ浴衣の、いちばん右側の一式を手に取り隣の部屋へと向かう。紺地に白のよろけ縞が入った、地味ながらも正統派の浴衣だ。
浴衣を着るのは久しぶりだったが、特に困ることはなかった。洋服を脱ぎ肌着をつけ、その上から浴衣を羽織って帯を結ぶ。鏡の前で着姿を確認すると、篠宮は着ていた服をハンガーに掛けて部屋を出た。
「うわっ! 篠宮さんカッコいい!」
古典柄の浴衣をまとった篠宮をひとめ見て、結城が大袈裟な声を上げた。
「想像どおり! ね、篠宮さん。俺にもそんなふうにカッコよく着せてよ。俺、篠宮さんに着せてもらいたい!」
前髪をクリップで留めたまま、結城がはしゃぎ回る。その声を無視して、篠宮はユカリに話しかけた。
「こんな感じで良いでしょうか?」
「え……はい。完璧です……」
嬉しいような悲しいような、複雑な表情で彼女が顔をゆがめる。少し離れた場所では、可南子がパイプ椅子に腰を下ろしながら、難しい顔でノートパソコンのキーを叩いていた。
「ちょっと可南子さん! 私の仕事がありません!」
両手の拳を握り締め、ユカリが拗ねた声で叫ぶ。可南子が顔を上げた。
「え? 仕事がないって……どういうこと?」
「だって顔は弄 んなくていいし、着付けもしなくていいし! 私、なんのためにここに来たか分かりません!」
「あー、そういうこと? しょーがないわねえ……ユカリン、上の自販機でコーヒー買ってきてくれる? 撮影は安藤くんにぜんぶ任せて、私たちは椅子に座っていいオトコ愛 でながら、お菓子でも食べましょ」
「俺がいちばん立場なくないですか……?」
可南子の隣でカメラのレンズを拭いていた安藤が、呆れたように呟いた。
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