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勝手に暴走
撮影自体は、着替えを含めて二時間ほどで終了した。
「思ったより早く終わりましたね」
「そうねー。篠宮さんのおかげで着替えの手間もかからなかったし、なんたって、お二人の写真映りがばっちりだったから。今日は本当にありがとう。お礼といっちゃなんだけど、約束どおりお二人のツーショット写真も撮らせていただくわね」
「やった! えへへー。篠宮さんとラブラブー」
撮影用に前髪をヘアゴムで結んだ結城が、嬉しそうに頰を緩める。黒地に紫の花柄が入った女物のような浴衣は、篠宮にはとても着られない代物だが、結城にはその雰囲気と相まって非常によく似合っていた。
「……じゃ、ちょっと待っててね。いま持ってくるから」
可南子がそう言って隣の部屋へと消える。結城が不思議そうな顔で篠宮に問いかけた。
「持ってくるって……なんでしょうね?」
「さあ……」
篠宮は並んで首を傾げた。屋外で撮影するための小道具でも用意するのだろうか。あるいは、約束していた交通費をいま渡すつもりなのかもしれない。
それ以上の想像をする暇もなく、彼女はすぐに戻ってきた。手には、何やらハンガーに掛かったスーツのようなものを持っている。
「お待たせ。さ、これに着替えて」
可南子が、重そうな衣装の掛かった二本のハンガーを差し出す。スーツと思った物は、よく見ると白と黒のタキシードだった。
結城が不審げに眉をひそめた。
「えーと……吉沢さん。これ、結婚式の衣装じゃないですか?」
「そうよ」
さも当然だと言わんばかりに、彼女はあっさりとその言葉を肯定した。
「素敵でしょ? お二人のためにと思って、うちの本社にある衣装室から借りてきたの。あ、料金のことなら気にしないで。タダだから。仕立てたようにぴったりとはいかないけど、サイズはだいたい合うと思うわよ。二人ともモデル体型だからちょうど良かったわ」
もちろん靴も用意してあるから、着替え終わったら履き替えてね。そう自信たっぷりに言い放ち、可南子が胸を張る。
篠宮は隣を見た。結城が口をぽかんと開けて呆然としている。どうやら話が噛み合っていないらしい。
「……あ、ごめんなさい。別の色が良かった? とりあえずスタンダードなのがいいかと思って、普通に白と黒にしちゃったんだけど。たしかに焦げ茶とかグレーとか、あー、あとアイボリーも捨てがたいわよね。品があって高貴な感じで。最近は紺もけっこう人気なのよ。お二人とも、何色でも似合いそうだから迷っちゃうわよねー」
「いえ、あの……色がどうとかじゃなく。いきなりタキシードとか、ちょっと心の準備が……」
人気の婚礼衣装について語り始める可南子を見ながら、結城がようやくといった様子で口を開いた。
「ええっ? ラブラブな写真撮りたいっていうから、てっきりそういうことなのかと思ってたけど……違ってた?」
可南子が驚いた表情で問い返した。
「いやその、俺としては……浴衣のまま、並んで写真撮ってもらえたらなー、くらいの感じだったんですけど」
「えー! そうだったの? やだあ、私ひとり勝手に暴走してたってこと?」
「あ、いや、暴走っていうか……あー、やっぱ暴走ってことになるのかな……はは」
結城が口ごもりながら苦笑いを浮かべる。自分の思い違いだったことを理解すると、彼女はすっかり意気消沈した顔で謝罪の言葉を口にした。
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