140 / 396
俺のなんだから
「……ごめんなさい。私ひとりで勘違いしちゃって」
「いやいや、そんな謝るような事じゃありませんって!」
「いえ、いいの……私が悪いのよ。ろくに話も聞かずに、訳の解らないことして……本当にごめんなさい。片付けてくるわ」
手にしたタキシードを申し訳なさそうに引っ込め、彼女が背を向ける。哀れを誘うその後ろ姿を見るに耐えなかったのか、結城が慌てて声を上げて彼女を引き止めた。
「いや、着ます着ます! ていうか、着させてください。せっかく用意してくれたんだから! ね、篠宮さんも着て?」
片付けられてなるかとでもいうように、結城が二着のタキシードを押さえ込む。
どうしたものかと思案しつつ、篠宮は結城と可南子の顔を見較べた。こちらから頼んだわけではないとはいえ、わざわざ手間をかけて揃えてもらった物を冷たく断るのは気が引ける。
タキシード二着を普通にレンタルしたら、物によっては篠宮の一か月分の給料が吹っ飛ぶくらいの値段になるだろう。それを無料で貸してくれるというのだから、この機会を逃す手はない。
上品な光沢のある二着のタキシードに、篠宮はもういちど眼を向けた。華やかな式典に相応 しい荘厳な衣装は、結城が着たらきっと似合うに違いない。
「君も着るというのなら……私は、別にかまわない」
理屈も何もなく単純に、恋人が礼装をまとった姿を見てみたい。その思いを悟られないように、篠宮は低い声で返事をした。
「篠宮さん。気を遣わなくていいのよ。無理しないで」
可南子が心配そうに篠宮の顔を見上げる。篠宮は改めて彼女のほうに向き直った。
「無理をしているわけではありません。お忙しい中、私たちのためを思って用意してくださったのですから、ご好意はありがたくお受けしたいと思います。本当にありがとうございます」
「えっ? いえ、そんな……お礼なんて」
篠宮の言葉を聞いて、彼女がなぜかうろたえた声を出す。その顔が、たちまちのうちに真っ赤に染まっていった。
結城が眼を吊り上げた。
「ちょっ……吉沢さん、惚れちゃ駄目だってば! 前にも言ったでしょ? 篠宮さんは俺のなんだから!」
「え? あ、えっと……そうだったわね。危ない危ない」
気を取り直すように、彼女が自分の頰をぱんぱんと叩く。『俺の』という結城の言い草を聞き、篠宮は複雑な思いで眉を寄せた。所有物扱いされることに反感を抱きながらも、他人の前でこうもはっきりと自分の想いを示す、彼のその独占欲を心の隅では嬉しいと感じてしまう。
「ええと……そういう事なら、とりあえず着替えていただかなきゃいけないわね。安藤くん。お二人の支度が終わったら、撮影はお任せしてもいい? 特集の画像チェックのほうは、私とユカリンで終わらせちゃうから」
「分かりました」
安藤がカメラを持ったまま短く答える。可南子は続いて、少し離れた場所にいるユカリに声をかけた。
「ユカリちゃーん。結城さんが着替える前に、髪を直してもらえる? ちょんまげのままじゃ、タキシードにはちょっと似合わないと思うから」
「はーい。結城さん、ちょっとそこの椅子に座ってていただけますか? いま行きますから」
「へへ。お願いしまーす。篠宮さんの隣に並んでもおかしくないくらい、カッコよくしてくださいね!」
明るい声で返事をしながら、結城がいそいそと椅子に腰かける。先ほどの戸惑いは何処へやら、すっかり乗り気になっているらしい。
ともだちにシェアしよう!