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花嫁の色

「ね。篠宮さん、俺が髪直してる間に着替えてきてよ。篠宮さんがタキシード着たとこ、早く見たい!」  結城が当然のように、白いタキシードを篠宮に押しつけた。 「いや、私は黒のほうが……」  なんとなく白のほうが花嫁の色だと感じて、篠宮は遠慮がちにそう申し出た。 「なに言ってるの。(けが)れなく美しい純白の衣装は、清純な篠宮さんのほうが絶対似合うから。篠宮さんはこっち。ね?」 「清純……?」  篠宮は白々しい思いで聞き返した。暇さえあれば抱きたいと騒ぎ立て、それこそ清い身体だった自分に、考えるのも恥ずかしい事をさんざん教え込んだのはいったい誰だろうか。  可南子が不意に口をはさんだ。 「あー、ごめんなさい。お二人って、体型はほとんど変わらないけど、靴のサイズだけは五ミリ違うじゃない? 私も篠宮さんは白かと思ってたから、靴もそのサイズで用意しちゃったのよねー」 「ほらやっぱり! 誰が見ても、白は篠宮さんのほうが似合うんだよ」  畳み掛けるようにそう言われ、篠宮は渋々ながら再び考えてみた。山歩きをするわけでもなし、靴の五ミリの差など気合いでどうにかなるだろうと思ったが、白だ黒だとここで戦いを繰り広げるのも面倒だ。 「解った。そっちでいい」  篠宮はわざと苦々しい顔を作ってみせたが、結城は少しも気にした様子がない。恋人の花嫁姿を勝手に想像しているらしく、目尻を下げ頰を緩めて、なんともだらしない表情を浮かべている。 「着替えなら、そっちの空いてるお部屋を使ってもらっていいかしら。着替えている間に、靴も出しておくわ」  可南子が、近くにある半開きのドアを指差した。 「じゃあ安藤くん、私、二階の事務室に行ってるから。もし撮影が早めに終わったら、そっちまで来て。私とユカリンの二人でだいたい終わると思うけど、できればカメラマンの意見も聞きたいし」 「はい」  あまり愛想があるとはいえない声で答えると、安藤はテーブルにカメラを置き、自らもすぐそばの椅子に腰掛けた。そういえば以前に出会った時も、喋っているのはほぼ可南子ひとりのみで、安藤は一言か二言しか発していなかったように思う。もともと寡黙なたちなのだろう。  腰に着けたポーチから、小さなボトルや眼鏡拭きのような布切れを取り出し、彼はそれを使ってカメラの表面を拭き始めた。篠宮たちの支度が終わるまで、ここでカメラの手入れをする気でいるらしい。  我関せずといった顔で黙々とカメラを磨く彼を見て、篠宮は少し気の毒になった。自分たちのこの関係を認めてくれる者はたしかに居るが、世の中そんな人ばかりではないのだ。男性同士の婚礼写真を撮れなどと言われ、さぞかし迷惑しているに違いない。 「お騒がせして申し訳ありません。せっかく吉沢さんが用意してくださった物なので……着替えてきます」  ひとこと詫びておかなければと思った篠宮は、白いタキシードを受け取りながら安藤に声をかけた。 「どうぞ」  彼の返事はひどくぶっきらぼうだったが、結城と女性たちの軽口についていけない篠宮としては、こちらの反応のほうがむしろ理解できる気がして妙に安心した。 「えへへー。篠宮さんのタキシード、楽しみだなー」  幸せに緩みきった結城の声が背後から聞こえる。その呟きをあえて無視し、篠宮は浴衣の裾をさばきつつ隣室へ向かっていった。

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