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連理の枝のごとく

「あの……写真はどこで撮るのでしょうか」  ついに居たたまれなくなった篠宮は、静寂を破って安藤に話しかけた。 「……ああ。天気が良いので、そこの庭で撮りたいと思います」 「先に行って待っていても構いませんか」 「はい」  安藤が短く返事をする。ようやくこの場から逃れられると思って、篠宮はほっと息をついた。 「そっちの、ガラスのドア出て少し歩いたとこに四阿(あずまや)があります。その辺りで待っていてください」 「分かりました」  言われたとおりに、篠宮はスタジオの横手にあったガラスの扉から外へ出た。  芝生の中に一本の小道が長く続いている。その先には、大きな鳥籠のような洒落た休憩所があった。あれが安藤の言っていた四阿だろう。  近くまで行くと、薔薇とライラックの(かぐわ)しい香りが鼻をくすぐった。生け垣と花に囲まれたその一角は、たしかに婚礼のロケーション撮影に相応(ふさわ)しい場所のように見える。  ここで写真を撮るのかと思うと、篠宮は気恥ずかしさで消え入りたい気持ちになった。結城はきっと、連理の枝のごとくぴったりと寄り添って撮りたがるに違いない。そんな姿をあのカメラマンに見られ、写真に残されるのかと考えただけで、頰が燃え上がりそうに熱くなってくる。  ……だが。ここまで来たら、覚悟を決めるしかない。四阿の中に立って、篠宮はともすれば及び腰になる自分の心をどうにか奮い立たせた。恋人の礼装姿を見られる滅多にない機会なのだ。今さら嫌だなどと駄々をこねている場合ではない。  ドアの開く音と共に、あはは、と明るい笑い声が聞こえたのはその時だった。 「もうっ、ほんと笑うしかないですよ。(しま)いにはユカリさんが『もうこれで行く?』とか言い出して……」  結城が楽しげに何やら話しかけている。時折ぼそぼそと返事をしているのは、おそらくカメラマンの安藤だろう。結城にかかると、どんなに無愛想な人間でも会話をせざるを得なくなるのだ。そのことは、自分が一番よく知っている。  隠れるようにして待つのもおかしな話だと思い、篠宮は二人を出迎えるため四阿を出た。黒いタキシードを颯爽と着こなした結城と、その斜め後ろからやや遅れて安藤が歩いてくるのが見える。 「……あ」  前方に眼を向けた結城は、篠宮の姿を認めると急に足を止めた。 「待って、安藤さん」  振り返って彼の歩みを止めると、結城は声を低めてなにか話し始めた。 「……れ……ね。わ……ます」  安藤がなにか返事をしているが、声が切れ切れで聞き取れない。篠宮がそのまま黙って見ていると、安藤はなぜか踵を返してスタジオの中に戻っていった。 「……篠宮さん!」  安藤が行ってしまったのを確認すると、結城は前に向き直り、離れていても分かるほど満面の笑みを浮かべた。嬉しそうに息を弾ませ、呆然としている篠宮に向かって一目散に駆け寄ってくる。 「馬鹿、走るな。靴底が傷つく」  冷静に諭しながら、篠宮は素早く結城の顔色をうかがった。安藤がなぜ撮影をせずスタジオに戻っていったのか、その理由を聞かなければならない。 「なにを話してたんだ」 「えー? えへへ」  はぐらかすように一瞬だけ舌を出し、結城は上目遣いで篠宮を見つめた。

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