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夫婦水入らず
「お疲れさまでしたー!」
朗らかな掛け声と共に、可南子がジュースのペットボトルを頭上にかざした。
「今日は本当にありがとう。お腹すいたでしょ? この後は、お洒落なレストランでのお食事が待ってるわよ。車なら、ここから七、八分で着くわ」
その言葉を聞き、篠宮は今日ここへ来た時のことを思い出した。そういえば出迎えの際に、彼女がレストランの予約云々という話をしていた記憶がある。
「すぐそこの、今日あなたたちが通ってきた道の横に、細い脇道があるの。その道をまっすぐ行くと、ステンドグラスの窓が入った、ちょっとお洒落な一軒家みたいなお家があるのよ」
言いながら、可南子はスタジオの玄関口から伸びる道を指差した。
「たまにあるでしょ、予約制で、一日一組限定っていうレストラン。たまたまキャンセルが出たって聞いたから、お二人のためにと思って押さえといたの。どうぞ楽しんできてね」
「あれ。吉沢さんたちは一緒に行かないんですか?」
結城が目を丸くして問いかけると、彼女は残念そうに眉尻を下げた。
「元々が二人の予約だったのよね。それに、打ち上げしたいのはやまやまなんだけど、これから編集部に帰って記事をまとめなきゃいけないの。お二人としても、夫婦水入らずのほうがいいでしょ?」
「ふっ、夫婦……!」
予想もしない単語をいきなり耳にして、篠宮が思わず赤面する。気にしていないのか、それともあえて無視しているのか、可南子は平然と話し続けた。
「レストランも素敵だけど、もうひとつお勧めポイントがあるのよ。帰り道の途中に、大きな湖があるの。周りは草ぼうぼうだから、降りて近くまで行くことはできないけど……今日みたいな晴れた晩に、車の中から見るぶんにはすごく幻想的でロマンチックよ。もう、ムード盛り上がること間違いなし!」
車も人もほとんど通らないし、穴場中の穴場よ。そう言って、彼女が自信に満ちた表情で胸を張る。ムードが盛り上がると聞いて、結城が眼の色を変えた。
「へえ。いいこと聞いた! ねえ篠宮さん。帰りに見てみようよ、そのロマンチックな湖ってやつ。いつも俺のこと、ムードが無いって怒ってるでしょ」
「それは君が……!」
それは君が、あまりにも即物的に求めるからだ。途中まで言いかけて、篠宮は語尾を濁した。こんな所で痴話喧嘩を披露して、白い目で見られたくはない。
「あ。もうそろそろ出ないと、予約の時間になっちゃうわ。十八時半からの予約なの」
彼女の瞳が残念そうに揺らめく。篠宮は姿勢を正して頭を下げた。
「写真の件……申し訳ありませんでした。せっかくお気遣いいただいたのに」
「気にしなくていいのよ。大事なことだからこそ、一度きりの想い出を大切にしたいのよね。その気持ちはよく解るわ。そんなことより……専属モデルの件、真面目に考えてもらえないかしら。会社で副業が認められているのなら、このまま続けてもかまわないわけでしょ」
初詣の時に話したことを覚えていたのか、彼女は様子をうかがうようにちらりと二人の顔を見上げた。
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