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二人でどこかへ
「ごはん美味しかったね。なんか、森の中の一軒家って感じで。童話の世界に入りこんだみたいだったよ」
食事を終えて車に乗り込むと、結城は篠宮に笑顔を向けながら話しかけた。
「しかし……普通にギャラを貰うより、あのレストランの料金のほうが高かったんじゃないのか」
たしかに味には満足したが、そのぶん素直に喜べない気持ちで篠宮は眉を寄せた。現実的な性格のせいか、どうもそういったことが気になって仕方ない。
「そうかもしれないね……まあ、そんなこと言うのも無粋なんじゃない? 吉沢さんの気持ちなんだから、深く考えずに受け取っておこうよ」
相変わらずの能天気な口調でそう話をまとめ、結城が滑らかに車を発進させる。彼の言うとおりかもしれないと、篠宮は額に手を当てて考え直した。いちど受け取ってしまった以上、今さら突っ返すこともできない。それなら、快く納めたほうがお互いにとって良いことに違いない。
レストランに入った時点ではまだ空に明るさが残っていたが、食事をしている間に、辺りはすっかり暗くなっていた。山道のような道路の脇には樹々が生い茂り、少し風が吹いただけでざわざわと不気味な音を立てる。都心では考えられないほど多くの星が輝いているのは、街灯が少なく空が黒々としているせいだろう。
助手席の窓から、篠宮は黙って外を眺めた。伸びた枝葉の隙間から時折のぞく夜空を流し見ながら、東京から少し離れただけでこうも景色が変わるものかと感心する。
「済まないな。いつも君に運転させてしまって」
視界を過ぎる代わり映えのしない樹々のシルエットに飽きると、篠宮は隣にいる結城の横顔を見た。
「えー、いいんですよ。俺、篠宮さん乗せて運転するの好きだもん。なんかいかにも、デートしてる! って感じするし。でも、こんなふうに暗い一本道を走ってると、ちょっと不思議な気分になりますね。なんていうか……このまま篠宮さんを連れて、二人でどこかへ行っちゃいたいと思う」
「どこかって……どこへだ」
篠宮が問いかけると、結城の瞳が夢見るように一瞬だけ揺らめいた。
「どこがいいかな。俺一度でいいから、サバンナの自然の中で暮らしてる動物、見てみたいんだよね。エジプトのピラミッドもいいな。それとも北欧に行ってオーロラでも見る? ドイツの古いお城を探検してみるのも楽しそうだね」
緩やかなカーブを曲がりながら、このまま行けるわけもない場所を結城がいくつも羅列する。自分で言っていて可笑 しくなったのか、彼は肩を揺すって陽気な笑い声を立てた。
「南欧もいいよね。あったかくて、華やかで。篠宮さんは行ったことある?」
「会社の用事で行ったことはあるが……仕事しかしていなかったから、あまり印象に残っていない」
「えー、もったいない。こんど俺と二人で行ってみようよ。篠宮さんと行けるならどこでもいい。俺、旅行って好きなんだよね。めずらしい物がいっぱい見られるし、いろんな人に会えるし」
本当に、自分たちはどこまでも正反対なんだな。結城の弾んだ声を聞きながら、篠宮は苦笑した。
結城が旅行好きというのは、彼の性格を考えるとなんとなく理解できる。だが篠宮は、どちらかというと旅行嫌いの部類に入っていた。元々、環境が変わることがあまり好きではないのだ。国内外問わず出張は何度も経験しているものの、プライベートで行きたいと思ったことなど一度もない。
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