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無上の喜び
「ふ……」
結城の満足げな声と共に、長い射精が終わる。後孔から彼のものが引き抜かれると、中の粘膜が名残惜しそうに切なく震えた。
「ゴム越しでも気持ちいいけど、やっぱ生には敵わないよねー。生だったら絶対、もっとたくさん出しちゃってたもん」
赤面するようなことを平気で言いながら、結城が自分の着けていた避妊具をティッシュで包んでいる。僅かに振り向いただけで、篠宮はうつ伏せのままぐったりと横たわっていた。快感が深すぎて、身体を動かす気力が湧いてこない。
「ん……」
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。自分を叱咤し、篠宮はシートに縋りついてのろのろと腰を上げた。脚の間に情けなくぶら下がっている避妊具に手を伸ばし、見よう見まねで処理しようとする。
「待って。俺が外してあげる」
篠宮の腰の前に手を回し、結城は根元を押さえて避妊具を外した。しぼんだ水風船のような物の底に、白い液体が恥ずかしいほどに溜まっている。
「こんなにいっぱい出して……俺のより多いじゃん。誰かに見られるかもしれないと思って、感じちゃったの?」
くちびるの端をゆがめてからかい、結城が見せつけるようにしながら避妊具の口を結ぶ。
「う……」
言葉に詰まって、篠宮は口を閉ざした。たしかに彼の言うとおりだ。いつ誰が来るかも分からない場所で、それでも我慢できないくらい求められている。その事実に興奮してしまった。
「結局……ムードも何もなかったじゃないか……」
小声で恨み言を呟き、篠宮は眼をそらした。眉を寄せ、歯を食いしばって瞬 きををこらえる。今まぶたを閉じたら、目尻に溜まった涙がこぼれ落ちてしまうからだ。
「……可愛い」
砂糖菓子のように甘い声で囁き、結城はくちびるで篠宮の眼の縁を拭った。
温かい腕が篠宮の衣服を優しく直し、乱れた髪を整え、肩を優しく抱き締める。篠宮は黙って彼にすべてを委ねた。世の男性の中には、行為が終わると別人のように冷たく素っ気なくなる輩もいるようだが、結城は事が済んでも甘いキスや言葉で胸の隅々までを満たしてくれる。
「ムードなくてごめん。でも俺、俺なりの愛しかたで、精いっぱい篠宮さんを幸せにするから。呆れないで、これからもずっと一緒にいて……愛してる」
「……結城」
一言だけ呟き、篠宮は返事の代わりに彼の背に腕を回した。愛しいという想いが苦しいほどに胸を満たし、せっかく彼が拭ってくれた涙がまた溢れそうになる。
可愛い。そう表現されることには抵抗を覚える。だが、彼が望むならそれでもいい。そんなつまらない意地などどうでも良いと思えるほど、二人で居られるこの瞬間は篠宮にとって幸せそのものであり、他の何物にも代えがたい無上の喜びだった。
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