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ご挨拶しなきゃ

「……あ。ねえ、篠宮さん」  朝食後のコーヒーをテーブルに置きながら、結城がふと思い出したように口を開いた。 「昨日、吉沢さんから浴衣の写真届いたじゃん。この写真使いますからよろしくー、って」 「ああ……それがどうかしたのか」  香りの良いコーヒーを鼻先に近づけつつ、篠宮は昨夜のことを思い出した。  昨日の夜、仕事帰りに外で食事を済ませた後。いつもの週末と同じように二人で篠宮のマンションに帰ると、郵便受けに大判の封筒が届いていた。  差出人の名前を見て、中身はだいたい見当がついた。封を開けると予想どおり、あの日スタジオで撮った写真が入っている。それ以外にもうひとつ目を引いたのは、雑誌のページをコピーしたような数枚の紙だった。 『夏のイベントに大活躍! ブランド浴衣五選』とタイトルのついた記事だ。荒削りな部分もあるが、いちおう特集の体裁を成している。おそらく自分たちに早く見せたいと思い、初稿の段階で出力して送ってくれたのだろう。 「俺、あの写真をスマホで撮って、親父たちに送ったんだよ。雑誌に載るよーって」  ミルクのたっぷり入ったカフェオレを一口飲み、結城が口許に笑みを浮かべる。 「そしたら、親父とお袋がさ。奏翔(かなと)がいつもお世話になってる人だったら、ご挨拶しなきゃなって言って。今度うちに連れてこいって」 「あっ、挨拶……?」  篠宮が頰を引きつらせて問い返した。 「うん」  当然といった様子でうなずき、結城は篠宮の眼をじっと見つめた。 「ほら、前にさ。両想いになったら、篠宮さんのこと家族に紹介するって言ってたじゃん。そういえばまだだったなーと思って。いい機会だから、こんど一緒に行こうよ。えへへー、楽しみだな。こんなに可愛くて絶世の美人が俺の恋人だって知ったら、親父たちどんな顔するかな」  嬉しそうにはしゃいでいる結城を見て、篠宮は眼の前が暗くなるのを感じた。たしかに以前、そんなことを話したような記憶がある。  あの時はまさか、自分から結城に愛を伝える日が来るなんて思っていなかったのだ。だが、そんな言い訳は通用しないだろう。約束は約束。今さら知らないとは言えない。 「待ってくれ。やはりいきなり恋人というのは、その……できれば、懇意にしている仕事仲間、くらいの感じで紹介してもらいたいんだが」  恐る恐る申し出てみたものの、フィアンセを紹介するのだと意気込んでいた結城が、そんな言葉で納得するわけもない。 「ええ? 駄目だよ。俺の恋人だって最初からちゃんと言っとかないと、真百合と兄貴が篠宮さんにマジ惚れしちゃうかもしれないもん。いや……事によっちゃ、親父とお袋も危ないかも。いやあ、魅力的な恋人を持つと、ほんと苦労するよねー。へへ」  そう言って、結城がだらしなく頬を緩める。恋は盲目とはまさにこのことだろう。

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