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社交辞令
「そんな馬鹿な事があるわけないだろう……」
自分はそこまで色男じゃない。そう否定してみるが、結城はいっこうに話を聞こうとしない。ひたいに手を当てて、前髪をぐしゃぐしゃとかき回しながら、なぜか悔しそうな表情を浮かべている。
「あー。やっぱりあのタキシードの写真、撮っとけばよかったな。言葉でごちゃごちゃ説明するより、それ一枚見せたら手間が省けたのに」
「ばっ、馬鹿……見せられるか、そんな物」
結城はどういうつもりだったか知らないが、社長のほうはあくまでも社会勉強の一環として、可愛い息子を自分のもとに配属したのだ。その息子と恋仲になっているなんて社長に知れたら、翌日から会社に行けなくなってしまう。
「ね。結婚式には誰呼ぼうか? まずは俺の家族みんなと、篠宮さんのお母さんでしょ。職場の仲間では天野係長に、山口さんと佐々木さん……しょうがない、エリックの野郎も呼んでやるか。あと、吉沢さんたちも呼びたいよね。安藤さんも来てくれるかな。俺、式の写真はあの人に撮ってもらいたいんだけど」
「ちょっと待て。なんの話だ」
勝手に話を進める結城を見て、篠宮は嫌な予感と共に尋ねた。いつもの軽口といった感じではない。なにか、確固たる拠り所を持って話している様子だ。
「なんの話って……やだなあ篠宮さん、とぼけないでよ。結婚式の時は一緒に写真撮ろうって言ったじゃん。あれって、プロポーズ受けてくれたってことでしょ?」
そうだな、写真を撮るのはその時にしよう。あの四阿のある場所で、自分が彼の言葉にそう答えたことを篠宮は思い出した。瞬時に頰に血が昇り、胃の奥がきゅっと縮むような心地がする。
「あっ、あれは。その場の雰囲気というか、言葉の綾というか……」
「えー! ひどいよ篠宮さん。一緒に結婚式の写真撮ろうねって約束したのに、それが社交辞令だったって言うの?」
「いや、別に社交辞令とかそういうわけでは……」
土曜日の朝っぱらから窮地に追いこまれ、篠宮は背中に冷や汗を感じた。あの時は流されて軽い気持ちで返事をしたが、よく考えてみると、親しい人たちのいる前で抱き合って口接けるなんてできるはずがない。
「きっとみんな祝福してくれるよ。いちばん感動的なのは、やっぱ誓いのキスだよね……えへへ。もうみんなが呆れて帰っちゃうくらい、篠宮さんが感じ過ぎて失神しちゃうくらいのすっごいキス、してあげるから。楽しみにしてて」
結城がそう言って目尻を下げる。それとは対照的に、篠宮は極限まで眉を吊り上げた。
「絶対に嫌だからな!」
芳 しいコーヒーの香りが漂う台所に、悲鳴のような叫びが響き渡る。週の疲れを心地よく癒す、甘く楽しい休日は……まだ、始まったばかりだった。
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