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秘密の遣り取り
「そうだわ。ね、篠宮くんのパソコンのメール見るのって、篠宮くんだけ?」
「いえ……結城くんが見る時もありますね。パスワードは教えてあるので」
「そっかあ……ま、そりゃそうよね。まだ見習い段階なんだから、わざわざアドレス別にしたって面倒くさいだけだし。うーん、急に別々にしろって言うのも怪しいしなあ……ああ、どうしたらいいの」
眉間にしわを寄せ、彼女が両手を揉んで身悶えている。要領を得ない言葉の端々をつなぎ合わせ、篠宮は最終的にこう理解した。天野係長には何か、自分だけに伝えたいことがあるのだ。いま周りにいる営業部員に聞こえてはいけない。中でも結城には、絶対に聞かれてはならない。あくまでも自分一人だけに伝えたい何かが。
「なにか……内々のお話でしょうか。それでしたら、応接室かどこかで……」
篠宮は恐る恐る申し出てみた。本来、応接室は来客があった場合に使用する部屋だが、もちろんそれほどひっきりなしに客が来ているというわけでもない。予定が入っていない時は、社員との面談などに随時使って良いということになっている。
「駄目駄目。結城くん、すぐ帰ってくるんでしょ? あなたと二人で別室になんか行けないわよ。後が怖いわ」
「それは……まあ」
結城の性格を思い出し、篠宮は後が怖いという彼女の言葉に同意した。明るく陽気で悩みなど何もないように見える結城は、こと恋人に関するかぎり、とにかく嫉妬深くて心配性なのだ。
さすが係長、部下の人となりをよく理解している。上司というものはこう在らねばならないだろう。そしてその優秀な上司である彼女が、伝えかたひとつでこうも悩んでいるとなると、話の内容はかなり深刻であると見て間違いない。
一応この会社には、貸与されている端末を使って、社員間で気軽にメッセージを遣り取りできるシステムがあるにはある。だがそれは、複数人で簡易的な会議をする時に使うものだ。あらかじめグループ分けされたメンバー全員に送られてしまうので、一対一で内緒話をするには向かない。メンバーを変更する時は、明確な理由を述べた上で、部長の承認を得なければいけないことになっている。
こういった、ある意味秘密の遣り取りは、裏を返せば様々なハラスメントの元になる。その可能性を考えるなら、これは当然の対策だろう。
「もし差し支えなければ……文書にして渡していただければ、すぐに確認いたしますが」
彼女がこんなに思い悩んでいるからには、どうせ良い知らせではないに決まっている。だったら、早く聞いてしまったほうが気が楽だ。そう思った篠宮は、手っ取り早く別の方法を提案してみた。
「あ。あー……そっか。紙に書いて渡せばいいんだわ。やだもう。動揺しすぎて、そんな簡単なことも思い浮かばないなんて」
鼻の辺りにしわを寄せ、彼女がはたと手を打つ。入り口に結城が姿を現したのはその時だった。
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