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逢って抱き締めたい
「仕方ないな……あと少しだけだぞ」
『えへへ……ありがとう。篠宮さん大好き』
電話口から、ちゅっとキスをするような音が聞こえる。その音がやけに艶っぽく耳に響いて、篠宮は一人で赤面した。
『篠宮さん、この後お風呂に入るんだよね。バスタオルある?』
結城が急にバスタオルの話をし始める。どういう意味があるのかと訝 しく思いながらも、根が正直な篠宮は素直に答えた。
「バスタオルはないが……少し大きめのタオルなら」
『ちょっと出してみて』
「今すぐにか? なんでだ」
『いいから』
有無を言わせぬ口調だ。その高圧的な声音に少しばかり気分を害しながらも、篠宮はおとなしく指示に従った。
立ち上がってベッドのそばまで行き、置いてあったスーツケースを開く。出張慣れしている篠宮は、かさばるバスタオルは可能なかぎり荷物に入れないようにしていた。風呂の後に身体を拭くだけなら、スポーツタオルと呼ばれるサイズのもので充分間に合う。
綺麗に畳まれたタオルを、篠宮は右手でつかんで取り出した。裸になってタオルを巻いた姿を、自撮りして送れとでも言うのだろうか。篠宮の想像力が及ぶのはその程度までだ。
「出したぞ」
『手に持った? ……そしたら、ベッドのとこまで行って』
「もう来ている」
『そう? じゃあベッドに腰かけて。ね、篠宮さん。今どんな服着てる? スーツのまま?』
「ああ……とりあえず上着だけは脱いだが、後はそのままだ」
『それなら、まずネクタイ取って。シャツのボタンも少し緩めてね』
言われるままベッドの縁に座り、篠宮はネクタイとシャツの上のボタンを外した。知らず知らず窮屈に感じていた襟元が緩み、一気に呼吸が楽になる。
『外した? じゃ、次はベルト。金具ゆるめて、ズボンのボタンも開けて』
耳触りの良い結城の声が、優しく、しかし逆らうことを許さぬ口調で次の命令を下す。
篠宮は思わず身震いした。聞き慣れたこの声で誘うように命じられると、身体の底が熱くなり、なぜか妙な気分になってくる。
『ボタン開けた? そしたら、ファスナー下ろして……ズボン脱いでよ』
結城の要求が次第にエスカレートしていく。やはり、自分を裸にするのが目的なのか。それに気づいた篠宮は、蚊の鳴くような声で抵抗の意を示した。
「馬鹿……なんで脱がなきゃいけないんだ」
『お風呂入るんでしょ?』
微かな含み笑いが聞こえる。その意地悪く甘い響きを耳にすると、腰の奥に小さな火がついた。
『ね、篠宮さん……エッチしよ?』
結城がとろけるような声で誘惑してくる。篠宮は反射的に身じろぎした。こんなに離れた場所で、手を触れ合わせることもできないというのに、彼はいったい何を言っているのか。
「ばっ、馬鹿……どうやって」
『このまま、話しながらするんだよ。 ね……タオル敷いて、ベッドに横になって』
なぜ結城がタオルを出せなどと言ったのか、篠宮はようやく合点がいった。つまりここで結城の声を聞きながら、ベッドに横になって自慰行為をしろということらしい。
「そんな事できるわけないだろう。牧村係長補佐が帰ってきたらどうする」
『まだ帰ってこないよ。ね、お風呂入る前に……ちょっと汗かく運動したほうが、リラックスしてよく眠れると思うよ』
「だからって……下らない事ばかり言うんじゃない。馬鹿馬鹿しい」
『馬鹿馬鹿しくなんてないよ。ねえ篠宮さん、逢いたい……逢って抱き締めたいんだよ。キスして肌に触れて、篠宮さんの中に入って、奥の奥までこの身体で確かめたいんだ。それができないんだから、せめて声だけでも聞かせて』
「まったく……」
この勝負、負けるのはおそらく自分だ。切なく震える結城の声を聞きながら、篠宮は早くも観念した。頭では駄目だと思っていても、恋人から泣きそうな声で懇願されると、ついつい甘やかしてしまいたくなるのだ。
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