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心の底から

『だって、後が大変じゃん。お腹も痛くなるだろうし。それでも中に出されたいって、なんでなのかなと思って。素朴な疑問』  結城が無邪気な声で質問を続ける。『素朴』という言葉の響きとはおよそかけ離れた問いに、篠宮は顔を赤らめた。 『さっきも言ったでしょ、篠宮さんを心の底から満足させるのは、俺にとって大事なことなんだから。どうして好きなのか、ちゃんと教えてもらわなきゃ。ね、ね、なんで? 中出しされると、そんなに気持ちいいの?』  からかいながら、結城が篠宮を問い詰める。篠宮はくちびるを噛み締めた。こんな意地悪をされても憎めないのは、自分が彼を愛しているからだろうか。こうして執拗に追及され、自ら恥ずかしい告白をさせられることに喜びさえ感じてしまう。 「ばっ……馬鹿。そんなこと」 『早くしないと、牧村さんが戻ってきちゃう。ね、どうして? 教えてよ。教えてくれないんだったら、もう中に出してあげないよ?』 「う……」  羞恥のあまり眼に涙を溜めながら、篠宮は覚悟を決めた。電話であることがせめてもの救いだ。こんなこと、とても面と向かってなど言えるものではない。 「その……精子というのは元々……卵子の中に入り込んで、受精させるためにあるものだろう」 『うん』 「だから、その……中で解放されると、それが本来の働きをしようとするというか……」 『うーん。つまりどういうこと? はっきり言ってよ』  結城が不服そうな声をあげる。ここまで言ってもまだ解らないのかと、篠宮は苛立たしさと恥ずかしさの間で押しつぶされそうな気持ちになった。結城ときたら、普段は恐ろしく勘が鋭いのに、肝心なところになるとなぜか理解力が鈍るのだ。それとも、わざとやっているのか。 「つまりその……な、中で、君のが……」 『あっ、解った』  彼が急に大きな声を出した。 『俺のが中で泳ぎ回ってるの、感じるんだ?』  油断していたところで急に図星を指され、篠宮は息を詰まらせた。正解を言い当てた喜びに、結城が弾んだ声を出す。 『当たり? 当たり? ねえ』 「いや、その、はっきりと感じるわけでは……ただ、そんな気がするだけだ」  精子の寿命は約二、三日だと聞く。その知識があるせいだろうか。身体を離した後も、彼のものが中に留まり、ずっと自分を求めている気がするのだ。  そんなことがあるはずないと、頭の中では解っている。だが、非科学的と決めつけることもできない。彼の体液を身体の奥で受け止めた時、めくるめくような幸福を感じ、その満足感が何日ものあいだ続くことは事実だ。 『ふふふー、へへへー。そうなんだ? 篠宮さんは遺伝子レベルで俺を愛してるってことだよね? 解ったよ。これからもいっぱい出してあげる』 「ばっ、馬鹿、そういうわけじゃ」 『さ、お喋りはこのくらいにしようか。急がないと、本当に牧村さんが帰ってきちゃう。早く続きしよ?』  微かに笑い、結城がキスをするようにくちびるを鳴らす。今の自分の格好を思い出し、篠宮は居たたまれない思いで身をよじった。

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