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水を求めるように
『後ろの感じるとこは、篠宮さんもよく分かってるよね? どこもかしこも敏感なんだから、そっと優しく撫でてあげてね。前は軽く握るようにして、根元から先まで一気にしごいて。慣れてきたら、少しずつ速くするんだよ。どう? 気持ち良くなってきた?』
「あ、い……いい」
『俺も……篠宮さんのこと考えただけでガチガチだよ。篠宮さんはどう……? 出したくなったら、出していいんだよ』
「あ……んんっ」
結城の言う通りに手の動きを速めていく。言いようのない違和感が篠宮の胸に生まれたのはその時だった。
達することができない。絶頂に近づいている感覚はあるが、それだけだ。
思い通りにならない焦りと共に、いちばん敏感な先端を重点的に擦り立てる。おそらく、自分程度の経験しかない男性が射精するには充分な刺激だろう。だが、悦びは驚くほど遠くに感じられた。この程度では足りない。いつものように奥まで貫かれ、肌と肌を合わせ、吐息を交えなければ物足りないのだ。
『ああ……篠宮さん』
結城が感極まった声を出す。その掠れた囁きに、篠宮の腰がぴくりと震えた。甘い声で名を呼ばれることで、欲望が急速に高まっていく。
『中、熱い……! 篠宮さんのここ、奥のとこ突いてあげると、悦んでピクピクするんだよね。ああ……もう出そうだ。イクよ、篠宮さん』
幾度となく彼に抱かれた夜のことを思い出し、篠宮は固く眼を閉じた。最奥の壁が、精液で濡らされることを願って切なく震える。
『篠宮さん……!』
その声に応え、篠宮の喉から甘い吐息が洩れた。電話の向こうで彼が自分を呼んでいる。まるで、砂漠で飢え渇いた者が水を求めるように。
『愛してるよ』
どんな淫らな言葉よりも、その一言が官能を揺さぶった。
「あ、んっ、ん……!」
解放の瞬間が来たのを感じ、篠宮はたまらず腰を浮かせた。
「や、あ、あっ……!」
吐き出された欲望が胸許を汚していく。結城が荒く息をつく音が、折り重なるように耳許でこだました。
『篠宮さん、早く帰ってきて……逢いたい。こうして電話で話せば、少しは気が紛れるかと思ったけど。駄目だな。よけい寂しくなっちゃった』
結城の切ない溜め息を聞き、篠宮は密かに心を痛めた。
今すぐ帰って彼のそばに行き、寂しい思いをする必要はないのだと伝えてやりたい。だが仕事を抱えている以上、それは叶わないことだ。
『篠宮さん、お風呂入ってきて。身体冷えちゃうでしょ』
「ああ」
『そばにいれば、俺が温めてあげられるんだけどね』
「……馬鹿」
いつもの会話が終わり、じゃあね、と結城がしばしの別れを告げる。
軽い挨拶と共に電話を切り、篠宮はタオルを持って立ち上がった。結城との行為が終わった後はいつも、起き上がれないほどの疲労と充足感がある。だが今日は、実際に肌を合わせていないせいか、それほどの倦怠感はなかった。
牧村が部屋に帰ってきたのは、篠宮が風呂を済ませて眠りについた後だったらしい。もちろん結城が心配していたようなことは起こるはずもなく、篠宮は無事に朝を迎え、仕事も頭の痛い部下が居ないおかげで大成功のうちに終了した。
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