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ご自慢のダブルベッド
玄関の鍵を回す音が聞こえた。
「ただいまー。篠宮さん……居る?」
微妙に緊張を孕んだ、探るような結城の声が台所に響く。
「ああ……ここだ」
立ち上がって居間のドアを開き、篠宮は顔を出した。不安そうだった結城の表情が、その姿を見て瞬時に輝く。
「おかえりー、篠宮さん!」
靴を脱ぎ捨て、仕事用の鞄を放り投げて、結城は篠宮に駆け寄ってきた。普段の篠宮なら眉をひそめる所業だが、今日はひとまず大目に見ておくことにする。
「ああ、ただいま。君もおかえり」
何年ぶりに逢ったのかと思うような抱擁を受けながら、篠宮は出張から帰った挨拶と家での出迎えの挨拶を交互に口にした。
「うん、ただいま」
でれでれ、という表現がぴったりなほどに顔面を崩壊させた結城が、篠宮の肩に頭をのせる。不意にその鼻先が、犬のようにくんくんと動いた。
「あれ。お風呂入った? 入浴剤の匂いがする」
「ああ……荷物を片付けてから、少し時間があったので……家で入ってきた」
「じゃあもうベッド行こ! 今すぐ行こ!」
唐突に腕を組むと、結城は寝室に向かって強引に篠宮の身体を引っ張り始めた。
「馬鹿……食事が先だろう」
「そんなん後でいいじゃん。まだ明るいし!」
そう言われて、篠宮は窓の外を見た。表にはまだ陽が降り注いでおり、たしかに晩飯といった雰囲気ではない。時刻は十八時半を少し回ったところだが、今は一年でいちばん日が長い頃だ。
「明るいのにベッドなのか……?」
余計に順番が逆ではないかと思ったが、今の結城にそんなことを言っても通じないだろう。逆らうのも面倒になり、篠宮は流されるまま結城の後に従った。
「はいはい。ほら座って」
ご自慢のダブルベッドに篠宮を座らせ、結城は窓際まで行って光の速さでカーテンを閉めた。
「ねえねえ。牧村さん、篠宮さんのこと変な目で見てなかった?」
篠宮のシャツの襟元に指をかけ、結城がせっかちな手つきでボタンを外していく。どれだけ飢えているのかと思うが、困ったことに自分のほうも、こうして激しく求められるのが嫌いではないのだ。
「私のことを変な目で見るのは君くらいのものだ。心配するな」
「じゃあエリックはなんなのさ? あいつだって篠宮さんのこと狙ってるでしょ? 隙あらばエッチな事したいって見え見えじゃん」
「そ、それは……だが私に気があるといえるのは、君を除いたら彼くらいのものだろう。後はいないはずだ」
「そうかなあ? 前から思ってたんだけど、多田部長ってやけに篠宮さんのこと優遇してるよね? 飲み会の時だって、真っ先に篠宮さんに声かけるし……なんか下心があるんじゃないの?」
「そんな事あるわけないだろう。部長レベルに飲める人間が私だけだから、酒の席の話し相手として好都合だと思ってくださっているだけだ」
篠宮は多田部長の姿を思い浮かべた。叩き上げの営業部長として尊敬はしているが、もう五十過ぎだ。生え際は若干寂しくなっているし、年相応に腹も出ている。
結城の言うとおり、他の人に較べるとなにかと自分に対して便宜をはかってくれている気はする。だが、それは下心などによるものではないだろう。入社二年目の時に、部長のスピーチの代役を立派に務めたことが、その後の評価につながっているに違いない。
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