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恐れと緊張

「はい、これ」  そう言って結城が差し出したのは、本革でできたと思われる黒のアイマスクだった。  両端の数か所に飾りのための鋲が打ってあり、もちろん素肌には触れないよう裏地が付いている。裏地の素材は、手触りからするとシルクのようだ。中には薄いクッションが入っていて、肌当たりも良くなっている。 「目隠しをしたいと言っていたから、せいぜいタオルか何かで隠すだけかと思っていたんだが……」  篠宮は呆れた声で呟いた。アイマスクと呼ばれる物であるのは確かだが、造りが本格的かつ装飾的すぎて、どう見ても寝る時に使う感じではない。正直なところ、若干引いている。 「えー、いいじゃん。せっかくなんだから、雰囲気も楽しまなきゃ。それに篠宮さんに安物なんか使わせて、その綺麗なお肌が荒れちゃったら大変だもん。この日のために用意しといたんだよ」  笑顔と共にそう言い切って、結城が胸を張る。もはや何も言い返す気にならず、篠宮は呆れ返って溜め息をついた。先ほど結城の涙を見て思わず胸を打たれた、あの時の感動を返せとすら思う。 「じゃ、着けるよ。きつかったら言ってね」  声だけは優しげに囁き、結城が篠宮の顔にそっとアイマスクをつけた。  後頭部に当たる部分は伸縮性の素材でできていて、痛みなどの不快感は無い。これなら長時間着けていても窮屈には感じないだろう。 「どう?」  気遣うように声をかけられ、篠宮は結城がいると(おぼ)しき方向に顔を向けた。  目隠しといっても、隙間から少しは光を拾えるに違いない。そうたかをくくっていたが、厚みのある黒い革と絹の裏地で視界が閉ざされると、本当に何も見えなくなった。 「篠宮さん、似合う……綺麗だよ」  うっとりしたような結城の声が聞こえる。  こんな物が似合っても嬉しくもなんともない。嫌味に見えるように、篠宮は思いきり眉をひそめてみせた。革の目隠しのせいで結城からは見えないだろう。しかし、そうでもしないことには気が済まない。 「……キスするよ」  静かに囁き、結城が軽くくちびるの表面をなぞってくる。  わざわざ宣言するなんて妙に律儀だと思ったが、実際に口接けられるとその理由がはっきりと解った。口に出して言ってもらわないと、次に何をされるのかまったく予想がつかない。恐れと緊張で身体を固くしながら、篠宮は次の言葉を待った。 「そんなに怖がらなくて大丈夫。楽にして。ベッドに横になってよ」  そっと頭を支えられ、優しく布団の上に押し倒される。腰のベルトに手をかけられる気配がしたのは、次の瞬間だった。 「あっ……」  瞬く間に全裸にされ、篠宮は寒くもないのに思わず背すじを震わせた。肩先がぞくぞくとして、一気に鳥肌が立つ。だが決して不快ではない。未知のことを恐れる気持ちよりも、新たな快楽を待ち望む期待のほうがはるかに強かった。 「……愛してる」  鼻にかかった甘い声が耳を撫でた。次の瞬間、柔らかなくちびるが首筋に押し当てられる。おそらく結城の指先と思われる物が、篠宮の両脚の間をちょんちょんとつついた。 「篠宮さん、すごい……ここ、こんなにガチガチに大きくなってるよ」 「馬鹿……」  恥ずかしさで胸がいっぱいになり、篠宮は否定するように顔を横に向けた。ただ視界を覆われているだけなのに、自分でもどうかしていると思うほどに興奮している。 「どうしよっかなー。後ろ弄ってほしい? あー。いいなあ、この状況。俺が何しようとしてるか、篠宮さんには判らないんだね」  楽しそうな声を出し、結城は篠宮の胸の突起を順番につついた。続いて腕の産毛を、触れるか触れないかの絶妙な距離で撫で上げる。  篠宮には馴染み深いはずの結城の体温が、今日は余計に熱く感じられた。彼がいつもより興奮しているからだろうか。それとも目隠しをしているせいで、自分の皮膚が過敏になっているだけなのだろうか。

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