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この先もそばに居て

「篠宮さんが、この先もそばに居ていいって、俺に言ってくれたあの時。はっきり分かったんだよ。俺は、この人を愛して幸せにするために生まれてきたんだって」  不意に髪に触れられる。視界を閉ざされていた篠宮は、驚いて一瞬だけ身じろぎした。 「あっ……」 「ごめん。びっくりさせちゃった?」  優しい囁きと共に、肩を包むように抱きすくめられ、篠宮はほっと安堵の溜め息をついた。心配することなど何もない。この腕の中にいるかぎり、自分はなんの不安も恐れもなく、安心して彼に身を任せていられるのだ。 「嫌じゃなかった」  今でも後悔しているという結城の気持ちを、どうにかして軽くしてやりたい。そう思った篠宮は、短く一言だけ呟いた。 「え?」 「君と出張先で過ごしたあの夜……驚きはしたが、嫌だとは思わなかった。だから、私は君にこう言っただろう。あれは合意の上だったと」  あの夜。恋愛なんて馬鹿馬鹿しいと思っていた自分に、結城は非常識なまでの激しさで、愛され求められる悦びを身体の隅々まで教えこんだ。今なら分かる。あれは必然だった。二十五年ものあいだ自分が頑なに身にまとってきた、あの固い鎧を打ち破るには、彼の並外れた強引さがどうしても必要だったのだ。 「篠宮さんのその優しいとこ、本当に大好きだけど。俺以外の人には許しちゃ駄目だよ? 誰彼かまわずそんなに寛容にされたら、俺、嫉妬でどうにかなっちゃうもん」 「誰にでもなんて、そんな事あるわけないだろう……君だけだ」  腕を伸ばし、篠宮は自分としては精一杯の甘い台詞を呟いた。すぐそばにある結城の表情が、ふっと緩んだのが分かる。 「俺も篠宮さんだけだよ……愛してる」  ちゅっちゅっと音を立てて、くちびるに何度もキスを繰り返される。視覚以外の感覚が鋭敏になっているせいだろうか。ただのついばむような口接けが、深い余韻を響かせて身体の隅々にまで広がっていった。 「あっ。ねえねえ、優しい優しい篠宮さん。俺、篠宮さんが出張してる間、いい子で待ってたからさ。三つめのお願いも叶えてよ」  急に身体を離し、結城は何か企んでいるような声を出した。 「三つめって……約束は二つだっただろう」 「いいじゃん。いま話してて思いついたんだよ。昔から、願い事といえば三つって決まってるでしょ?」  滅茶苦茶な理屈を述べ、結城は篠宮の脇腹をこちょこちょとくすぐった。 「あっ……やめろ」  慌てて結城の肩を向こうへ押し遣ってみたものの、上からのしかかられているのに逃げきれるわけもない。耐えきれなくなった篠宮は仕方なく降参した。痛いのはともかく、くすぐったいのはどうにも我慢できない。

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