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俺にちょうだい

「分かった分かった……とりあえず言ってみろ。聞くかどうかはそれから決める」 「へへ。篠宮さん、優しいから好きー。じゃあ言うよ」  篠宮の返事に満足したのか、結城がぴたりと手を止める。続いて言われた『三つめのお願い』を耳にして、篠宮は度肝を抜かれた。 「ね、篠宮さん。篠宮さんのバージン、もういちど俺にちょうだい」 「ばっ、バー……って……! 馬鹿、私は男なんだぞ」  とりあえず言ってみろなどと口にしたことを、篠宮はさっそく後悔した。結城の願いなど、ほぼそっち絡みである事くらい、あらかじめ考えておくべきだったのだ。 「だって他に言いかたが無いんだからしょうがないじゃん。『童貞』とは意味が違うし」 「それにしても……どちらにしたって、もう一度なんて不可能だろう。すでに、その……君に奪われてしまっているのだから」  頰に血が昇ってくるのを感じながら、篠宮は小声で反論した。 「だって。俺、篠宮さんの初体験をもう一度やり直してあげたいんだもん。大丈夫。篠宮さんは何回抱いても、いつもバージンみたいに初々しいから」  さらに訳の解らないことを呟きつつ、結城がそっと頰に触れてくる。 「俺が入社した頃のこと、憶えてる? 本当はね。もっともっと時間をかけて親密になって、それから告白しようと思ってたんだ。一緒にご飯とか食べに行って、買い物行ったり映画みたりしながら、じっくり仲を深めて……結果的にはあんなことになっちゃったけどね」  結城が言ったとおりの展開を、篠宮は心の中で思い描いてみた。食事だの映画だのと悠長なことをしていたら、おそらく自分の性格からいって、二人が恋人になるまでには十年以上かかるだろう。それはそれで体験してみたい気もするが、そもそも短絡的で『待て』のひとつもできない結城が、そこまで我慢できるとは思えない。 「今の俺の給料じゃ無理だけどさ。いつか最高級のホテルのスイートルームに、篠宮さんを招待させてよ。レストランでディナーを食べた後は、部屋の中で夜景を見ながら乾杯するんだ。愛してるって囁いて、キスして、お姫様抱っこでベッドまで連れていって……優しく、優しくしてあげる」  甘く夢見るようなその言葉を聞き、篠宮は無遠慮に口許をゆがめた。過去のあやまちの償いをしたいという、結城の気持ちは解るような気もする。ただ、それを受けるのが自分であるという点がどうにも照れくさい。 「人に目隠しまでしといて、今さら優しくしたいとか言う奴があるか。馬鹿」 「目隠ししてるから言うんだよ。いま篠宮さんの眼見たら、俺たぶん泣いちゃうもん。こんなに綺麗で純真無垢な人に、俺はなんて酷いことをしたんだろうって」  結城が僅かに身体を動かした。次の瞬間、両眼に交互に温かみを感じ、アイマスクの上から口接けられたのだと分かる。 「だから……いつかスイートルームに、篠宮さんを連れていきたいんだ。気持ちいいことしか感じないように、ゆっくり時間をかけて愛してあげる。こんな風に」  結城の指先が髪の中に潜りこむ。もう一方の手が胸を滑り、腰の線をなぞった。 「んんっ……」  耐えきれずに甘い声が洩れる。優しい愛撫に身を委ねながら、恋人への愛しさが胸からあふれ、身体中を満たしていくのを篠宮は感じた。彼以外なにも要らない。眼を閉じて彼の声と体温を感じられるなら、たとえこの部屋だって、スイートルームとなにひとつ変わることなどないのだ。 「篠宮さん、愛してる……愛してるよ」  うっとりするような声で囁き、結城が胸の突起にそっと指を添える。 「ふっ、あ……!」  そのまま指先で表面を撫でられ、篠宮は我慢しきれずに荒い息をついた。身体の芯が痺れ、熱く火照ってくる。

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