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酒の肴
恋人が男性であるということも、大っぴらに言いづらい理由のひとつではあった。世間ではだいぶ認められるようになってきたが、まだまだ同性同士の恋愛に偏見を持つ人もいる。だがなによりも、篠宮たちの会社は社内恋愛禁止なのだ。部下とそういう関係だなんて口にできるわけもない。
「あれ。歯切れが悪いなあ。もしかして紹介してもらったほうが良かった? 佐々木くん曰 く、うちのレイナちゃんほどじゃないけど、けっこう可愛い感じの子だって言ってたよ」
篠宮が口ごもった理由を、牧村は相手の女性に興味があるのかと勘違いしたらしい。
「いえ、あの、なんというか……紹介はしていただかなくて結構です」
篠宮は慌てて否定した。結城だけで手一杯なのに、これ以上面倒の種を増やされてはたまらない。
「結構ってことは……やっぱり居るんだね? 特定の相手が」
「ええ……まあ」
「やっぱり! 口に出しては言わなかったけど、実はみんな密かにそう思ってたんだよねー。二月の終わりくらいだったかな。なんかその辺りから、仕事もプライベートも充実って雰囲気が、篠宮くんからひしひしと伝わってきたからさ」
「そ……そうですか?」
二月の終わりといえば、自分が結城への想いを自覚し、晴れて本当の恋人同士になった頃だ。頰が赤らんだのを誤魔化すため、篠宮は前髪を直すふりをしてさりげなく手で顔を隠した。
仕事のほうはともかく、プライベートが充実と言われたら、それはやはり恋愛絡みのことを指していると思って間違いないだろう。自分ではそれまでと変わらないつもりでいたのに、周りの皆にそんな眼で見られていたなんて恥ずかしすぎる。
「そっかあ、篠宮くんもいよいよ結婚秒読み状態かあ。まあ頑張ってよ。可愛くて大好きで尊敬もできる人と結婚できたら、もう人生の九十八パーセントは成功したようなもんだから」
「いやその、まだ秒読みとかそういう段階では……」
「でもさあ。篠宮くんが結婚したら、結城くんはどうするんだろうって心配しちゃうよね。昨日も、最後は結局その話になってさ。だってそんなことになったら、結城くんショックすぎて会社辞めちゃうかもしれないじゃない。篠宮くんも辛 いとこだよね」
「はあ……」
滔々と勝手に流れていく牧村の話を、篠宮は仕方なく聞き流した。篠宮にはまったく理解できないが、他人の恋の話というのは、大多数の人にとって格好の酒の肴になるらしい。
「佐々木くんなんかさあ。『篠宮主任が他の人と結婚するなんて言ったら、結城の奴、死んでやるって縋りついて脅すかもしれませんよ』なんて言ってて。まあ毎日篠宮くんべったりの結城くんを間近で見ていたら、そう心配するのも無理ないかもしれないよねえ。でも安心して大丈夫だよ。もし篠宮くんが結婚する時は、一課の全員で集まって、結城くんのために失恋慰め会でも開いてあげるから」
「そうですか……」
この場合、どう答えるのが正解なのだろうか。ありがとうございますとも言うわけにもいかず、篠宮は冷や汗をかきながらなんとかその場を逃れた。
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