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アイドル級に可愛い
「もう、篠宮主任。誤魔化そうとしたって無駄ですよ。牧村さんたちの話を聞いて私たちがざわついていたら、そこへ天野係長が通りかかったんです」
天野係長の名を聞いて、篠宮は心の中で軽く身構えた。結婚などというこの埒もない話に、彼女がなぜ関わってくるのか。なんといっても天野係長は、自分が結城と恋仲であることを知る数少ない人物だ。関係を暴露することだけは絶対にないと思うが、彼女が自分たちのことを、他の人にどう話しているのかは微妙に気になる。
「みんな揃って楽しそうねって仰 ったから、私たち、篠宮主任の彼女ってどんな人ですかねって訊いたんです。そしたら澄ました顔で『あら、篠宮くんの恋人なら見たことあるわよ』って話し始めて……もう、みんなに衝撃が走りましたよ。そりゃあ彼女の一人くらいはいるかもと思ってたけど、まさか実際に見たことがある人がいるなんて」
その話を聞いて、篠宮は何も言えずくちびるを引き結んだ。それはもちろん、天野係長は見たことがあるだろう。当然だ。というか、平日はほぼ毎日見ている。
「もうアイドル級に可愛いし、めちゃめちゃスタイルいいって言ってましたよ! そのうえ性格も明るくて、ちょっとドジなところもあるけど、茶目っ気があって素敵な人だって。なんですかその、男心を惑わせる魔性の女! 小悪魔ですか! すべての女性の敵ですよ!」
悔しそうに両手を揉み絞り、彼女たちが殊更に騒ぎ立てる。篠宮はいま言われた言葉を思い返した。可愛くてスタイルが良くて茶目っ気もある。たしかに結城に当てはまる表現だ。きっと面白がって、彼女たちの興味を煽りそうなところだけを伝えたのだろう。天野係長も人が悪い。
「そんなに可愛い彼女なら、すぐにでも結婚したくなるのが男心ってものじゃないですか。牧村さんと佐々木さんも『周りの結婚生活が幸せそうだから、影響されたのかなー』なんてにやにや笑い合ってるし。天野係長も、あの感じだと遅くても来年の春くらいには結婚するわねって断言してましたよ。で、いつ結婚されるんですか、実際のところ?」
「いや、それは……」
答えにくい質問であるのもさることながら、元々この手の話に免疫のない篠宮は、困り果てて眉を寄せた。牧村係長補佐も佐々木も、単に既婚者つながりで軽い雑談を交わしただけで、決して悪気はなかったはずだ。それなのにこんな噂話にまで発展してしまうなんて、まったくもって運が悪い。
「あれ。どうしたの? みんな集まって」
もういっそのこと、噂どおり春に結婚すると宣言してしまおうか。篠宮が自暴自棄になりかけた時、大きな買い物袋を持った結城が戻ってきた。
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