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もうラブラブ

「あ……結城さん」  結城の姿を見て、それまではしゃいでいた女性たちが一斉に黙りこむ。一応そういった気遣いはしているらしい。篠宮が本当に結婚するとなると、たしかに面と向かって結城に話すには難しい問題だ。  なんの用だろうか。そう言いたげにちらりと女性たちに一瞥を向けてから、結城は篠宮のほうに向き直った。せっかくの二人の時間を邪魔しないでほしい。そんな心の声が聞こえてきそうな態度だ。  女性たちに対して失礼だと思う一方、そんなに一途に自分だけを見てくれる結城の気持ちが嬉しくもある。我ながら厄介だと、篠宮は胸の奥で溜め息をついた。 「篠宮さんにコナかけようったって無駄だよ。俺たち、もうラブラブだもん。ねー篠宮さん」  満面の笑みを浮かべ、結城は同意を得るように篠宮の顔を覗きこんだ。ここは職場だと、思わず怒鳴りつけたくなるような甘い声だ。 「はい、無事に買えましたよ。これが社食の激レアメニュー、ケバブサンドです! もちろん篠宮さんのぶんは、大辛ソースにしてもらいましたからね」  並み居る女性陣を無視して、結城はさっさと篠宮の隣に陣取った。手に持った袋をどさりと置き、中から特大のサンドイッチやお茶を取り出してテーブルに並べ始める。  髪に金色のピンを飾った女性が、何かを決意した顔で口を開いた。 「ちょっと結城さん、呑気にケバブサンドなんか食べてる場合じゃないわよ。篠宮主任、結婚しちゃうかもしれないのよ?」  心配そうな表情で、彼女は結城に向かって語りかけた。いつもの彼の言動を考えるなら、大騒ぎになってもおかしくない情報だ。  だがその言葉は、今ひとつ結城の心には届かなかったらしい。楽しい昼食の用意が終わると、結城はやれやれといった様子でようやく女性たちのほうに眼を向けた。 「えー、結婚? でも篠宮さんと俺、もう結婚してるけど」 「夢みたいなこと言ってないで、現実を見て結城さん。篠宮主任、結婚するの。今お付き合いしてる彼女とね」 「まあ前々から、そんな気はしてたんだけどね。さっき牧村さんと佐々木さんが話してるのを聞いて、やっぱりと思ったわ」 「聞いたのよ私たち。篠宮主任が、守川絵里奈ばりのめちゃめちゃ可愛い彼女と、来年の春に結婚するって」  花柄のスカートを履いた女性が、嵩にかかって口を開く。その名前がどこから出てくるのかと、篠宮は耳を疑った。  守川絵里奈というのは、最近ドラマやバラエティ番組に引っ張りだこの、グラビア出身のタレントだ。アイドルなどにまったく興味がない篠宮から見ても、まあまあ可愛らしい感じの顔立ちをしている。小柄で色白、そして少し甘えるような愛嬌のある喋りかた。そのうえ趣味は料理で、中でもコロッケや肉じゃがなどの家庭料理が得意という話だ。男性には絶大な人気を誇る反面、男に媚びているといって、大半の女性からは毛嫌いされている。

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