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【夏の夜の夢】

 夕陽に変わりかけた夏の太陽が、コーヒーカップの載ったテーブルを淡い山吹色に染めている。  ソファーの背もたれに寄りかかりながら、篠宮は静かに文庫本のページをめくった。物語はいよいよ佳境に入り、主人公の探偵が謎を解き明かし、犯人の名を告げる場面に差し掛かっている。  隣では結城が、携帯ゲーム機を握り締めて何やらボタンを連打していた。最近リメイクされたという、様々な武器や道具を駆使してモンスターを倒していくアクションゲームだ。  かたかたというボタンの音は、赤の他人が立てているものであれば耳障りで仕方なかっただろう。しかしこれが結城がゲームをしている音となると、途端に可愛らしく微笑ましく思えてくるから不思議だ。  追い詰められた犯人が、探偵の追及をどう逃れようとするのか。物語の結末を予想しながら、篠宮は次のページを開いた。互いに別々のことをしていても、こうして肩を並べて共に過ごす時間が心地好い。 「あー! あと一撃だったのに!」  唐突に声を上げ、結城は文字通り天を仰いだ。 「うわーん篠宮さん! ガイアルルスが倒せないよ!」  ゲーム内のモンスターらしき名を叫んで、結城が篠宮の肩に抱きつく。柔らかな髪がふわりと揺れ、篠宮の鼻先を軽くくすぐった。 「……準備が足りないんじゃないのか」  読書の邪魔をしてくる髪を手のひらで押さえ、篠宮が手短にアドバイスを述べる。攻略の仕方について言及されたことが意外だったのか、結城は眼を丸くして問い返した。 「篠宮さん、ハンターズワールドやった事あるの?」 「別にプレイしていなくても、ゲームのだいたいの内容と、君の性格を考えたら解る。君は運動神経が良くて器用だから、操作の点ではたぶん問題ないだろう。問題があるとすれば、気が短くて下調べに時間を()かないことと、レベルが足りないのに無謀に挑戦しようとするところだ」 「すごい、篠宮さん名探偵……! 分かったよ。もう一段強い武器造ったら、また挑戦してみる」  感心したような声を出しながら、結城は篠宮の肩先に頭を擦りつけた。  オレンジの花を思わせる、芳しい香りがふわりと漂う。相変わらず犬のような(なつ)きようだと思いながら、篠宮は手にした本をテーブルの上に置いた。 「もう読み終わったの?」 「まだだが……犯人は予想どおりだったし、眼も少し疲れてきた。続きは後で読もうと思う」 「やった! じゃ、イチャイチャしていい?」  良いとも悪いとも言わないうちに、結城が首に腕を回してまとわりついてくる。呆れたように溜め息をつきつつも、篠宮はされるがまま彼の手に上半身を預けた。 「もう一段強い武器を造って、ガイアなんとかを倒すんじゃなかったのか」 「もういい! ガイアルルスどうでもいい!」  持っていたゲーム機を傍(かたわ)らへ置き、結城がさらに身を寄せてキスをする。(わず)かに眼を伏せてから、篠宮は慎ましくキスを返した。

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