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神社でお祭り

「ねえ篠宮さん。今日、ごはん何にしよっか? ううん……昨日はハンバーグだったよね。和食……いや、俺としてはもうちょっとボリュームある物が食べたいかな。中華、中華……麻婆豆腐はこのまえ作ったしなあ」 「そうだな……」  夕食のメニューの希望を尋ねられ、篠宮は答えに迷って小さく呻いた。結城の料理はどれも美味だ。こちらから指定するよりは、彼に判断を委ねたほうが新鮮な驚きを感じられるような気もする。 「……ん?」  どろどろと、窓の外から雷のような音が響いてきたのはその瞬間だった。  夕立でも来るのかと思ったが、空はよく晴れて陽も照っている。耳を澄ますと、それに混じって甲高い笛の音が流れてきた。音楽に合わせた手拍子も聞こえるような気がする。 「なんだか騒がしいな」 「ああ。今日の夜、そこの神社でお祭りやるみたいなんだよね」 「そうなのか」  一言だけ呟き、篠宮はどこか郷愁を誘うお囃子(はやし)の音に耳を傾けた。  結城の住んでいるこの辺り一帯には、なぜか神社や寺が多い。遠い昔に花街として栄えていた名残だろうか、と篠宮は考えをめぐらせた。  人の集まる所には、彼らの素朴な信仰を支える建築物が必要だったのかもしれない。駅から近いこの場所には、かつては艶めいた店が多く存在し、著名な文学作品のモデルになった地でもあるという。 「この前、一階のおばちゃんが言ってたんだけどさ。境内のとこと、前の通りに屋台が出るみたいで。けっこう盛り上がるらしいよ」  祭りのことを思い出したためか、結城が心なしか高揚した声で呟く。 「お祭りといえばさー。りんご飴は甘いけど、あんず飴って酸っぱいじゃん? おれ子供の頃、酸っぱい物がすごく苦手でさ。あんず飴食べて泣いた記憶あるなー」  楽しそうに話す結城の言葉を聞きながら、篠宮は相槌も打たずただ押し黙った。記憶を探るまでもなく、自分はりんご飴もあんず飴も口にしたことがない。 「まだ小さかった頃、お祭りがあるとお袋が特別にお小遣いをくれたんだよね。どれに使いたいのか、自分でちゃんと考えて決めろって言われてさ。いま思うと、あれも教育の一環だったのかな。無駄遣いするなよっていう……効果があったかどうかは分からないけどね」  当時のことを思い出した様子で、結城は白い歯を見せて笑った。 「自分で決めろって言われても、乏しい小遣いでそんなにたくさんは選べないからさあ。考えに考えて射的にチャレンジしてみたんだけど……狙った的に限って、いくら当てても倒れないんだよね。あれ絶対、接着剤でくっつけてあったんだよ。今でもそうなのかな。でも今時そんな事したら、すぐネットで拡散されて大炎上だよね。ああいう景品当たる系の店ってさ……」  そこまで口にしたところで、自分だけが喋っていることに気づいたのだろうか。話を止めて、結城は篠宮の眼をじっと見つめた。

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