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高揚する気持ち

「あ。篠宮さん、もしかしてお祭りの射的やった事ない?」 「いや、射的がというか……祭り自体に行ったことがなくて」 「え。そうなの」  驚きのあまりか、結城の表情が一瞬にして固まった。 「ああ」  篠宮はかまわず正直に答えた。こんなことで嘘をついてもなんの得にもならない。子供の頃は祭りに行きたいなどと気軽に言える環境ではなかったし、成長してからも、共に出かけるほど親しい人は居なかったことは事実だ。  わざわざ人混みの中に出向き、当てもなくうろつきながら買い食いをするなど、自分には(しょう)に合わない。篠宮はそう心の奥で言い訳を述べた。 「ほんとに行ったことないの? 一度も?」  信じられないといった顔で、結城がもういちど聞き返す。篠宮はやや不機嫌にうなずいた。 「ああ……一度もない。その……一緒に行く相手もいなかったし」  答えながら、篠宮は自分で自分の言葉に矛盾を感じた。幼い頃であればともかく、ある程度成長してからなら、自分で親友なり恋人なりを作って遊びに行くのが普通だ。それをしてこなかったのだから、コミュニケーション能力に欠けていると思われても仕方ない。  どうせ、鼻で笑われてこの話は終わりだろう。そう思っていた篠宮の予想は見事に外れた。 「じゃあ行こうよ。浴衣着て! ね?」  満面の笑みを浮かべながら、結城が篠宮の手を取る。伏せた眼を上げ、篠宮は結城の顔をじっと見つめた。  浴衣を着て、二人で祭りに行く。彼のその提案に、自分でも意外なくらい心が浮き立つ。 「……浴衣なんて無いじゃないか」  高揚する気持ちを抑え込み、篠宮は静かに返事をした。浴衣なら、篠宮の家には父の遺した物が何枚かあるが、結城の家には無いはずだ。  篠宮の家と結城の家は、遠いというほどではないものの、普通に行けば四、五十分はかかる。いちいち取りに行くのも面倒くさい。 「あるよ、浴衣」  なんだそんなことかと言わんばかりに、結城は軽い口調で答えた。 「本当か?」  疑り深い目つきで篠宮は結城のほうを見た。帯の結び方も知らない結城が、ワードローブの中に浴衣を加えているとは到底思えない。 「もう……嘘じゃないってば。ちょっと待ってて」  心外だといった顔をしながら、結城が立ち上がって隣の寝室へ向かう。戻ってきた彼の腕には、大きな段ボール箱が抱えられていた。 「ほら、これ」  結城が段ボール箱を開ける。まず眼に飛び込んだのは、畳んでビニールに包まれた、大きな手拭いのような物だった。  紺地に白の縞と、白地に麻の葉模様が入った二種類の布だ。篠宮は既視感を覚えてじっと眼を凝らした。そのふたつの柄に、どこか見覚えがある。

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