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一生ぶんのプレゼント
「えへへ」
なにやら照れ笑いを浮かべながら、結城が二枚の布をめくって見せる。その下にある物を見て、篠宮はようやくこの柄をどこで見たのか思い出した。布の下には、同じくビニールに入った真新しい帯と下駄が二組入っている。
「雑誌の撮影の時に着た、あの浴衣。篠宮さんめっちゃ似合ってたからさー。プレゼントしようと思って、注文しといたんだよ。縞と麻の葉、どっちが良いかものすごく迷って。結局両方買っちゃったんだけど、二着も受け取ってくれないだろうし……篠宮さんに好きなほう選んでもらって、もうひとつは俺が着ようと思ってたんだ」
結城に促され、篠宮は二着の浴衣を見較べた。雑誌などで紹介されるいわゆる『ブランド浴衣』と呼ばれる物は、普段着にするには躊躇する、かなり値段の張る代物だ。ブランドといっても洋服のブランドとは異なり、仕立てているのは老舗の呉服屋なのだから、当然といえば当然だろう。
「ね。篠宮さん、どっちがいい?」
結城が笑顔で問いかけてくる。
篠宮は渋い顔をした。寝室にある寝心地の良いダブルベッドのことが、ふと頭をよぎる。結城に欠点があるとすれば、恋人のためとなるとすぐに財布の紐が緩みがちになるところだ。
「どちらにしても、ただで貰うわけにはいかない。代金は払わせてくれ」
「えー、いいよ代金なんて。四月に誕生日プレゼントあげられなかったからさ。その代わりだと思ってよ」
結城が眼を細めて微笑む。無邪気なその瞳を見て、篠宮は返答に困った。
「誕生日プレゼントなんて……別に、そんなに気を遣わなくても」
こうして君がそばに居てくれるだけで、すでに一生ぶんのプレゼントを受け取ったも同然なのに。反射的にそう考えてしまってから、篠宮は二十六の男がいったい何を思っているのかと、恥ずかしさに赤面した。
「気を遣ってるわけじゃないよ。もう一枚は俺が着るからさ、篠宮さん、着付けお願いしていい? その浴衣は着付け料金だと思って、遠慮なく受け取ってよ。ほら篠宮さん、どっちがいい? どっちも似合うってことは、すでに証明済みだもんね」
有無を言わせぬ口調で呟き、結城が二枚の浴衣を差し出す。ずいぶん高い着付け代だとは思ったが、篠宮はここは素直に彼の好意を受けることにした。こんな所で押し問答していたら、せっかくの祭りが終わってしまう。
「では……君は麻の葉にしろ」
「そっかあ。やっぱり紺の浴衣は篠宮さんのほうが似合うもんね。大人の男の色気って感じで」
結城が紺地の浴衣を手に取った。深い藍に染まった布を篠宮の襟元に当てて顔映りを見ながら、やはり似合うと言いたげににやりと笑う。
「そういうわけじゃない」
押しつけられた浴衣を抱えるように受け取り、篠宮はくちびるの端を上げた。
「麻は育つのが早いから、成長を願う意味が込められているんだ。だから麻の葉模様の反物は、子供の着物にもよく使われている。一日も早く、立派に育ってほしいという親心だ」
「えーと……どういう意味?」
「つまり、仕事の面でもっと成長しろということだな。私の部下として」
篠宮がきっぱりと言い切ると、結城は申し訳なさそうな顔で肩をすくめた。
「……はぁい」
「支度するぞ」
間違って道端のどぶに落ちてしまった犬のような。そんな結城の表情が可笑しく、篠宮は珍しく声を出して笑った。
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