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何をご所望ですか
夕闇が迫り来る中、浴衣を着た篠宮たちはそっと表に忍び出た。
「あっちだよ」
一番星の輝く方角を、結城が漠然と指差す。彼の後についてしばらく歩くと、香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。
「もうちょっと行くと床屋が見えてくるんだ。そこの角を曲がったらすぐだからね」
結城の言葉を聞き、篠宮は視線を上げて周りを見渡した。浴衣や甚平を着た人々が、楽しそうに談笑しながら並んで歩いていくのが見える。みな一様に同じ方向を目指しているようだ。おそらく、自分たちと目的は一緒だろう。
「あれか」
結城の言うとおり床屋の角を曲がった所で、篠宮は声をあげた。通行止めの表示の向こうに、思ったよりも多くの屋台が所狭しと居並んでいる。
繰り返し使用しているためか、大半の屋台の屋根は煤 けて、いささか古ぼけていた。いつの時代からあるのかと思うような年季の入った代物だ。やはり食べ物に人気が集まるのか、たこ焼きなどを売る店には老若男女が群がり、遠くからでも分かる賑わいを見せていた。
「美味しそう! 早く行こうよ」
急に歩を速め前に出た結城が、振り返って大仰に両手を広げた。
「さあ姫! 何をご所望ですか? 俺の奢りだよ、なんでも好きなもの選んで」
「誰が姫だ……」
篠宮が渋面を見せると、結城はその反応を予想していたのか嬉しそうに笑った。
「まずは腹ごしらえしたいなー。なに食べよっか?」
いつもより足早な結城の背中を追いながら、通りの両側に並んだ屋台の間に足を踏み入れる。初めは物珍しさに辺りを見回すだけだったが、そのうちに篠宮はある事に気がついた。
焼きとうもろこし、お好み焼き、じゃがバターなど。様々な食べ物が食欲をそそる匂いを放ってはいるものの、そのどれもが信じられないような値段だ。
「高いな……」
篠宮の口から、思わず本音がこぼれ出た。量を考えたら、コンビニの弁当のほうが遥かに安い。
「いいんだよ。雰囲気代なんだから。バーのお酒と一緒」
そこまで言うと結城はにっこりと微笑んで、ごく自然に篠宮の手を取った。
「おい……」
人目を気にして周りを見渡してから、篠宮は目立たないように結城にそっと右手を預けた。屋台の前はどこもごった返していて、男同士で手をつないでいたところで、気にする者など誰もいない。
「あ。焼きそばはどう? 美味しそうだよ」
結城が、少し離れた場所にある手書きの看板を指差す。焼きそばの店は他にもあったが、立ち昇る湯気で少ししんなりとなったその冴えない貼り紙が、どうやら結城の琴線に触れたらしい。
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