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不公平極まりない
手を引かれるまま近くまで行ってから、篠宮は小さく苦笑いした。どう見てもあり合わせだろうと思われる画用紙に、なんとも趣きのある字で『おいしいヨ!』と書かれている。
「うわー。懐かしいな、この感じ。俺も、最後に祭りに行ってから十年以上経ってるもん」
昔を懐かしむ結城の呟きを聞きながら、篠宮はもういちど手書きの文字を見直した。もはや懐かしいとかそういうレベルの物ではないような気もする。急に五十年前にタイムスリップしたような感じだ。
「ちょっとお兄さんたち、めっちゃいい男! モデルか何か?」
不意に屋台の奥から声をかけられ、篠宮たちはそちらに眼を向けた。四十代後半くらいの、日焼けした肌に白茶けた金髪の女性が、フライ返しを両手に持ち立っている。
「モデルじゃありませんー、恋人同士ですよ!」
自慢げな声を出して、結城は見せつけるように篠宮に肩を寄せた。予想もしなかった結城の行動に驚き、慌てて身を引くが間に合わない。
「えっ、そうなの? ちょっとぉ、イケメン同士でくっつくのやめてくれる? ウチらに回ってくるぶんが無くなるじゃないのよ」
冗談なのか本気なのか、どうにも判断のつかない軽い受け答えと共に、彼女は肩を揺すって笑った。
「だって愛し合ってるんだからしょうがないです。それよりお姉さん、焼きそば二つ貰えますか?」
「あーはいはい、ちょっと待ってね」
すでにパック詰めした焼きそばが眼の前にあるにも関わらず、彼女はなぜか新しいパックを取り出して鉄板の上の焼きそばを盛りつけ始めた。
「えっと……お姉さん。俺たちがいくらいい男だからって、ちょっとサービスしすぎじゃありませんか?」
通常とは明らかに違う、山盛りに盛られた二つの容器を見て、結城が眼を丸くする。
「ええー? いいのよ、そのぶん他から減らすから」
不公平極まりない問題発言を口にして、彼女が朗らかな笑みを見せる。結城が代金を支払うと、ずっしりと重いビニール袋が手渡された。
篠宮は恐る恐る袋の中を覗きこんだ。入れ過ぎて蓋が閉まりきらない焼きそばを、無理やり輪ゴムで留めた物がふたつ重なっている。
「割り箸はそこから取ってねー」
「はーい。お姉さんありがとう!」
どう見ても五十近くの女性に、最後まで『お姉さん』を貫き通し、結城は愛想よく手を振った。
女性の心をとろかす相変わらずの手管に、篠宮は呆れながらも感心した。お姉さんと呼ばれることを厭味だと感じる天邪鬼 な女性も中にはいるだろうが、結城に明るく微笑みかけられたら、きっとそんな気持ちも吹っ飛んでしまうだろう。
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