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美しい夢の中を

「……賑やかだな」 「そうだね。 こんなに盛大なお祭りがたった二日間で終わっちゃうなんて、もったいないな」  結城が感慨深げに呟く。篠宮ははるか向こうの四辻まで続く屋台の列をじっと見つめた。視力があまり良くないせいか、遠くのほうは宝石をちりばめたかのごとくぼんやりと霞んで見える。  袋に入った綿菓子。アニメのキャラクターのお面。色鮮やかなかき氷のシロップ。それらがすべて、提灯やクリップライトの明かりに照らされ皓々と輝いている。  両親と手をつなぎ、次から次へと現れる魅力的な品々に眼を輝かせる子供たち。文庫結びに兵児帯をふわりと飾った少女たちが、屋台の間を華やかな金魚のように泳いでいる。  初めて自分の眼で見る祭りの風景は、どこか現実離れした夢の中の出来事に感じられた。眼を閉じたら一瞬で消え去ってしまう、きらびやかで(はかな)い夢だ。  ほんの一刻前まで、結城の家のソファーで本を読んでいたことを篠宮は思い出した。  ここにいると仕事の忙しさもありふれた日常も、すべてが遠い世界のことのように思えてくる。できることならこうして恋人に手を引かれ、この美しい夢の中を永遠に彷徨(さまよ)っていたい。そんな埒もない考えがふと頭をよぎる。少し酔ったのかもしれない。 「あ。あれだよ、あんず飴!」  結城が唐突に声を上げた。  篠宮は結城が指差す方向に眼を向けた。紅く色づけされた丸い実が、割り箸を刺され水飴に包まれて、氷の上にいくつも並んでいる。 「昔……まだ真百合が生まれる前、お袋に連れられて、ハロウィンのお祭りに行ったことがあるんだよね。そこで食べたりんご飴が、甘くて美味しかった記憶があってさ。で、こっちのお祭りの屋台であんず飴を見かけた時、これも同じような物だろうと思ったわけ。思いきりかじったら、酸っぱくて泣いたけどね」 「君にも子供の頃があったんだな」 「そりゃあるよ。食べ物の好き嫌い多くて、よく怒られてたな」 「好き嫌いが多くても、そこまで身長は伸びるんだな」 「はは。そうだね」  君の子供の頃なら、きっと可愛かったんだろう。思わずそう言ってしまいそうになり、篠宮は慌てて口をつぐんだ。自分の知らない彼を知っている不特定多数の人々に、謂れのない嫉妬を覚える。 「でも篠宮さんと出逢って、だいぶ好き嫌いも無くなったよ。篠宮さんって、甘い物が多少苦手なくらいで、後はぜんぜん好き嫌いないでしょ? できる男ってのは、やっぱりこうあるべきだと思ったし。それに俺、社長になって篠宮さんと末永く幸せに暮らしていく予定なんだもん。仕事の付き合いもあるのに、会食の時にあれが嫌だこれが嫌だって言ってたらかっこ悪いよね」  結城の話を聞きながら、篠宮はすぐそばの屋台に眼を向けた。大きな板状の氷の上には、丸い実が蜜をまとって艶々と輝いている。かなり強気な価格設定であるにも関わらず、見た目に魅力的な紅い果実は、氷の上に置いたそばから飛ぶように売れていた。

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