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古風

 代金と引き換えに飴が客の手に渡っていく様子を、篠宮は見るともなく見つめた。  客層は様々だ。親子連れや、友人同士と思われる中学生たちがこぞって買い求め、美味しそうにかぶりついている。水飴が垂れてこないようにするためか、逆さにして最中(もなか)の皮にのせている人も見受けられた。 「あれ。篠宮さん、あんず飴に興味ある?」  篠宮の様子を見て、結城が意外といった顔で声をかけた。 「ああ……子供の頃の君が泣いたという代物が、どんな味なのか、食べてみたい気もする」 「そう? じゃ、ちょっと待ってて。買ってきてあげる」  姫に仕える騎士さながらの気遣いで、結城が早速とばかりに財布を取り出す。軽やかな足取りで屋台に近づいたかと思うと、すぐにあんず飴と自分のぶんのビールを買い求めてきた。あんずという名前がついてはいるが、梅の実か何かのように見える。 「大丈夫? 篠宮さん、食べられる?」  割り箸に刺さった飴を差し出しながら、結城が気遣わしそうに顔を覗きこむ。 「そんなに難易度の高い食べ物なのか」  心配になった篠宮は、改めて周りを見回した。道行く人は、手にした飴を歩きながら片手間に食べているだけで、特に作法が必要な感じではない。 「いや、難易度というより……見た目の話。ほら、いかにも着色料の塊っぽいじゃない?」  結城に言われ、篠宮は眼の前の飴をじっと見つめた。たしかに少し赤すぎるような気もするが、みんなが楽しんでいる場所でそんなことを言うのも無粋だ。  海外には、もっと派手な着色料を使用した食べ物がいくらでも存在する。 それに何より、そんなに健康に害があるような物を結城が自分に寄越すわけがない。 「たしかに健康には良くないし、完全に衛生的ともいえないが、いちど食べたくらいで死ぬわけでもないだろう。戦争中のことを考えてみろ。腹さえ壊さなければ、どんな食べ物だってありがたく感じるはずだ」  篠宮が真面目くさった顔でそう言うと、結城は楽しそうに口許を緩めた。 「篠宮さんって、本当に面白い」 「面白いって……どこがだ。私のことをそんな風に言うのは、君くらいのものだぞ」 「えー? みんな人を見る目がないなあ。篠宮さんほど可愛くてユーモアのセンスがある人なんて、他に居ないのに」  結城の言葉を聞き、篠宮はどう答えてよいか分からずに黙りこんだ。まだ少年だった頃から、堅物すぎて面白みがないとはさんざん言われてきたが、逆の言葉を聞いたことなど一度もない。 「それに、古風だし」 「古風……?」 「そうだよ。真面目だし、冗談通じないし、言葉遣いも古めかしいし。そのまま、文明開化の頃を舞台にしたドラマに出られそうだよ。俺と二つしか違わないなんて信じられない」 「ただの悪口じゃないか」  年寄りじみていると評され、篠宮はさすがに気分を害して文句を言った。

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