201 / 396
夜風がそっと頬を撫で
「馬鹿。自分で昇れ」
冷たい声で言ってはみたものの、やはり放っておけず、篠宮は結城の腰を支えたまま階段を昇った。結城がしてやったりという表情で口の端を上げる。
「へへ。篠宮さんって本当に優しいよね」
「まったく……しょうがない奴だな」
結城の抜け目のなさに呆れながらも、篠宮は腕を解こうとはしなかった。今日は祭りだ。周りの人がこの状況を眼にしたところで、酔っ払いの面倒をみているのだと思われるだけだろう。
「……ふう」
階段を登りきると、篠宮たちは橋の真ん中まで行き、二人並んで欄干から下の景色を眺めた。祭りから帰る人たちが、焼き鳥の串やヨーヨーを片手に連れ立って歩いていく。
ぽん、と小気味良い音を立てて結城がラムネの口を開けた。中のビー玉が沈み、たちまち細かな泡が立ち始める。
間髪をおかずくちびるを付け、結城はその甘い香りのする液体をひとくち喉に流し込んだ。夜風がそっと頰を撫で、柔らかな彼の髪を微かに揺らしている。
「そういえば、射的の景品はどうした」
「ああ。ここにあるよ」
腰に提げた信玄袋を開け、結城は小さなビニール袋を取り出した。
中には駄菓子を思わせる鮮やかな色の、蓋のついたプラスチックの容器が入っている。なにやら液体を湛えた小さな入れ物に、先の広がった、ストローのような細い筒。中身を確認するまでもなく、子供向けのシャボン玉のセットだ。
「うう……千五百円も使って、シャボン玉一個って……」
「だからやめろと言っただろう」
「だって……篠宮さんと一緒に、ハンターズワールドやりたかったんだもん」
また未練の残る顔で、結城が口をとがらせながら呟いた。
「たとえそうだったとしても、熱くなりすぎだ」
もともと玩具の拳銃の弾なんて、大した精度はない。狙えば狙うほど的から逸れ、適当に撃った弾のほうがかえって当たったりするものだ。もちろん店主はその事を心得ていて、殊更に狙うように声をかけたのだろう。さすがに商売人だ。
「たしかに熱くはなってたかもしれないけどさ。でも、心の底では安心してたんだ。きっと篠宮さんが、これ以上は絶対ダメってところで止めてくれると思ったから」
「そんな風に思ってるんだったら、もっと早く止めるべきだったな。まったく、千五百円も使って……止めなかった私が悪いとでも言うのか」
「ううん。どこまでいったら篠宮さんが怒ってくれるかなーと思って、ついついやり過ぎちゃった俺が全面的に悪い」
「子供か……」
篠宮は呆れかえって呟いた。わざと大人を困らせて反応を見る、子供の試し行動と同じだ。
ともだちにシェアしよう!