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残念な景品

「えへへー。ごめんなさい。もう無駄遣いはしません。デートも楽しみたいけど、篠宮さんとの結婚資金だって、しっかり貯金しないといけないもんね」  結城が素直に反省の言葉を口にする。幸せそうに緩んだその頰を見て、篠宮は仕方なく黙りこんだ。こんな愛嬌のある顔で謝られたら、本気で怒れるわけがない。 「まあそれはそれとしてさ……どうしよう、このシャボン玉」  手に持った袋を持て余すように見つめ、結城はもう片方の手でラムネを喉に流しこんだ。シャボン液に簡素なストローのセットは、見たところ百円ショップで買えるような代物だ。千五百円もつぎ込んだ結果としては、かなり残念な景品ではある。 「ちょっと……」  篠宮は小さく呟いた。聞こえるか聞こえないかの小声に、結城が小首を傾げて尋ね返す。 「ん?」 「ちょっとばかり、試してみたい気もする」  少しためらってから、篠宮は思いきってそう口にした。思いがけないその言葉に、結城が眼をしばたたかせて篠宮のほうを見る。 「試すって……あれ、篠宮さん。まさか、シャボン玉もやったことないなんて言わないよね?」 「そのまさかだと言ったらどうする」  眼をそむけながら、篠宮は早口で言い放った。思えば自分は、子供らしい遊びなどほとんど経験したことがない。いつもどこか冷めていて、シャボン玉にも粘土遊びにも大して興味を持たない、可愛げのない子供だった。 「じゃあ、俺と一緒にやってみない?」  いい考えだとばかりに、結城は笑顔で篠宮の眼を覗きこんだ。 「篠宮さんちの近くに、大きな公園があるじゃん。今度、あそこに行ってシャボン玉しようよ! あの広い芝生の上でさ。晴れた日に風に乗せて吹いたら、きらきらしてきっと綺麗だよ」 「何を言ってるんだ。大の大人がシャボン玉なんて……恥ずかしいだろう」 「篠宮さん、人目気にしすぎ。大人がシャボン玉やっちゃいけないって法律でもあるの?」 「それは、まあ……たしかに、法律ではないかもしれないが」 「別に大人だからとか関係ないって。やりたかったらやって良いんだよ。人に迷惑かけるわけじゃないんだから」  結城が自信たっぷりに告げる。その言葉に、篠宮は少し心を動かされた。たしかに塗り絵や折り紙など、昔だったら子供の遊びで片付けられていたものが、今では大人の趣味として多くの人に受け入れられている。  晴れた空の下、休みの日に結城と二人でシャボン玉を飛ばす。そう考えただけで、篠宮は胸の奥がくすぐったいような気持ちになった。恥ずかしいと尻ごみしつつも、彼と共に知らないことを経験してみたいという思いが抑えきれない。 「……一口もらってもいいか」  照れを隠すために、篠宮は眼を伏せたまま、結城の持っている瓶に手を伸ばした。 「あ、ラムネ? ちょっとしか残ってないから、ぜんぶ飲んじゃっていいよ」  結城が微笑と共に瓶を差し出す。  初めて飲むその液体を、篠宮は恐る恐る口に含んだ。思ったほど甘ったるくはない。さわやかな甘味と、僅かな酸味が舌の上で弾けた。 「意外といけるな」 「でしょ? 酔い醒ましにちょうどいいよね」  結城が笑顔で答えを返す。  中身を飲み干すと、篠宮は瓶を傾けて中のガラス玉を見つめた。(あお)く澄んだ丸い球が、通り過ぎる車のライトを受け輝いて見える。ガラスというものが存在しない世界の人から見たら、このケイ酸を主成分とするありふれた球体は、おそらくダイヤやルビーにも匹敵するほど美しいと感じるだろう。 「これは……逆さにしても取れないんだろうな」  溜め息まじりに、篠宮はそう呟いた。瓶の中できらめくこの透き通ったガラス玉が、遠い昔、今となっては不思議なくらい魅力的に見えていたことを思い出す。 「ああ、中のビー玉? 回すだけのキャップだから、これだったら簡単に取れるよ」  いともあっさりと告げ、結城は篠宮の手からラムネの瓶を貰い受けた。  プラスチックの飲み口をくるくると捻り、瓶を傾けて中身を取り出す。魔法のように一瞬の出来事だった。 「はい」  結城がビー玉を手渡してくる。無造作に載せられたガラスの球は、篠宮の手のひらで軽やかに転がり、指輪に触れて微かな音を立てた。

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