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貴重な宝石

 家に帰った後、彼らはどう過ごすのだろうか。あの子は約束どおり父親に瓶を開けてもらい、青く輝くビー玉を手にするのだろう。そう考えると、通りすがりに見かけただけのあの幼い子供が、たまらなく羨ましかった。  自分も、あのビー玉を手のひらに載せてみたい。瞬間的にそう思ってしまってから、篠宮は慌ててその考えを否定した。中学三年にもなって、ラムネ瓶の中のビー玉が欲しいなんて馬鹿げている。  そうだ。あんな物、欲しくもなんともない。ノートと参考書がぎっしりと詰まった鞄を反対の手に持ち替えながら、篠宮は必死になって自分の胸にそう言い聞かせていた。 「どうしたの、篠宮さん?」  不意に(かたわ)らから声をかけられ、篠宮は我に返った。 「なんだかぼうっとしてる」 「あ、ああ……済まない」 「疲れちゃった? ごめんね。俺が調子に乗って、あちこち引っ張りまわしたから」 「いや……疲れているわけじゃない。初めての物をあまりにもいっぺんに見たから、少しばかり面食らってしまって」  苦しまぎれの言い訳を述べながら、篠宮はもう一度、手のひらの上でビー玉を軽く転がしてみた。  以前から、心の奥底でひっそりと憧れていた物。碧く輝くその貴重な宝石が、こんなにもたやすく手に入ったことに驚嘆する。 「そう? それならいいんだけど。篠宮さん、今日もうちに泊まっていってよ。今から帰るのも面倒でしょ」  欄干の上で指を組み、結城は自分の手の甲に顎をのせた。 「あー、いくらなんでも飲みすぎたかな。ちょっと酔っ払っちゃった」  微かに後悔している様子で、結城が溜め息をつく。その横顔を見ながら、篠宮はおもむろに口を開いた。 「結城……」 「ん?」 「今日は楽しかった」  何気なく呟いてしまってから、篠宮は慌てて口を閉ざした。ただ歩いて屋台を回るだけの祭りが楽しいだなんて、子供みたいだと思われはしなかっただろうか。  だが、結城と二人で過ごしたこの祭りの夜が、信じられないほどに楽しいものであったのは確かだ。昔の自分が何を思い何を望んでいたのか、篠宮は今になってようやく気がついた。祭りと称して遊び歩き、徒党を組んで夜遅くまで騒ぎ立てるなど、くだらない。そう(はす)にかまえながらも、心の底ではずっと行きたいと願っていたのだ。 「ほんと? 良かった!」  楽しかった。篠宮の一言を聞いて、結城が眼を輝かせる。真っ直ぐな光を放つその瞳を直視できず、篠宮は眼をそらした。 「ああ。屋台の食べ物も美味しかったし……何より活気があって、新鮮な気持ちになれた」  眼下を過ぎていく車を眺めるふりをしながら、篠宮はぽつりぽつりと呟いた。自分がどんなに子供じみたことを言っても、彼は笑顔で受け止めてくれる。今まで想いを交わしてきた中で培(つちか)われた、その安心感が、篠宮をいつもより素直にさせた。

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