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欠けたピースの空虚な隙間
「俺、お祭りって好きなんだ。もう理屈抜きに、なんかワクワクするじゃない? だから篠宮さんがこうして一緒に楽しんでくれて、本当に嬉しい。実を言うとね、ちょっと不安だったんだ。篠宮さんって、俺よりもずっと、精神的に大人だし……俺にとって楽しいことでも、篠宮さんにとっては楽しくないかもしれない。でも篠宮さんは優しいから、たとえつまらなくても、きっと俺に合わせて楽しかったって言ってくれるよね。そう思うと、ちょっと申し訳なくて」
「馬鹿。話を合わせるためのお世辞でも、社交辞令でもない。本当に楽しかったんだ」
「うん。解ってるよ」
何もかも心得ていると言いたげに、結城は眼を細めて微笑んだ。
「ねえ篠宮さん。俺、たぶん……今日のこと、ずっと憶えてると思う。この先何年たっても、いくつになっても」
「今日のことって……二人で祭りに行ったことか」
「ごめん、俺ちょっと酔っ払ってるから、おかしなこと言ってるかもしれないけど。篠宮さんと過ごす時間は、いつも特別だよ。でもその中でも、忘れられない、忘れちゃいけない日がある。きっと、今日はその日だって思ったんだ」
欄干にのせた篠宮の手に、結城が優しく手のひらを重ねる。その薬指には、篠宮の物と対になる指輪が燦然ときらめいていた。
「このお祭りの夜に。篠宮さんが隣にいてくれて、浴衣がすごく似合ってて、あんず飴で舌を赤くしてたこと……忘れないよ」
目尻を下げ、結城が柔らかな笑みを見せる。眼をそらすことができず、篠宮は結城の顔を穴のあくほど見つめた。
夜風が肩先を過ぎていった。浴衣の裾がはためいた。
「絶対に忘れないよ」
静かな呟きが耳に届いた。
時が止まったような気がした。なにか温かいものが、静かに胸を満たしていった。
微かに眉を寄せ、篠宮は奥歯を噛みしめた。自分は彼のことが好きなのだと痛いほどに感じた。
「結城……」
くちびるが、愛する人の名を自然に紡ぎ出した。
自分が、今まで築いてきた学歴や会社での地位を失って、この身ひとつになっても彼はそばに居てくれる。自分が彼のそばに居たいと思うのと同じように。
手の中のビー玉を握り締め、篠宮は結城の瞳を見つめた。
自分は、彼を愛しているのだ。他の誰でもない、この自分だけに眼を向け、好きだと言ってくれる彼を。永遠に手に入ることはないと思っていた、欠けたピースの空虚な隙間をひとつずつ埋めてくれる彼を。
「篠宮さん。愛してる……ずっとそばにいるよ」
それだけ言うと結城は、篠宮の好きな、子供のように悪戯っぽい表情で笑った。
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