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夜の海

 部屋へ戻ると、二人は暗黙の了解のように寝室へ向かった。 「まだ舌赤いね。可愛い」  背中に手を回し、結城は篠宮の帯をするすると(ほど)いた。結ぶことはできないくせに、解くことにかけては達人の域だ。 「まだ風呂の準備もできてないのに……勝手に脱がせるな」 「だってこの浴衣は、俺からのプレゼントなんだもん。だから、俺が好きな時に脱がせていいんだよ」 「滅茶苦茶な理屈だな……」  文句を言いつつも、篠宮は押し倒されるままベッドに横になった。酔いはすっかり醒め、満足するまで遊び歩いた後の心地好い疲労感だけが残っている。 「篠宮さん……好きだよ」  甘い囁きと共に、くちびるがそっと覆われる。疲れた身体を(いた)わるような、温かい口接けだ。 「激しく抱くのもいいけど……こうやって優しくすると、篠宮さん、すごく色っぽい表情見せてくれるよね……」  色っぽいと言われ、篠宮はとっさに浴衣を引いて肌を隠そうとした。結城が手を伸ばし、恥じらう篠宮の指先を優しく押しとどめる。 「ね、篠宮さん。歳とって、もし今みたいに勃たなくなったら、こうやってエッチしない? こうして抱き合ってキスして、愛してるって囁いて……お互いに、相手のことで頭をいっぱいにするんだ。なんかさあ。どっかの国では、そういうエッチの仕方をするって聞いたことあるんだよね。二人きりで部屋に閉じこもって、何日もかけながらゆっくりお互いを高め合って……最後の一日で、ようやく本当に結ばれるんだって」  勃たなくなったら。今からそんな話をし始める結城を見て、篠宮は噴き出したい気持ちになった。明るく溌剌として、若さの象徴のようなこの男が、歳を取って落ち着いたところなんて想像もできない。 「人一倍せっかちな君が、そんなに我慢できるわけがないだろう。勃たなくなったらって……いつの話だ」  からかうように言い放ち、篠宮は結城の両脚の間にある物騒なものを見つめた。この感じでは、少なくともあと三十年は大丈夫そうだ。 「俺のことせっかちって言うけど、篠宮さんだって人のこと言えないじゃん。ほら。こんなにヒクヒクして、早く突っ込んでっておねだりしてるよ?」  憎まれ口をたたきながら、結城は棚からローションのボトルを取り出した。すっかり慣れた仕草で中の液体を手のひらに受け、いつものように秘所に指を這わせる。 「馬鹿を言うな。誰がどう見たって、せっかちなのは君のほうだろう。そんなに硬くして……君がどうしてもと言うなら、挿れさせてやってもいいぞ」 「ああもうっ、強がり言っちゃって。篠宮さんのここは、指なんかじゃ物足りないって言ってるよ。太いの欲しいんでしょ? そんなに欲しいなら、挿れてあげてもいいよ」 「生意気な奴だな……挿れたくてたまらないくせに」 「篠宮さんこそ。奥まで突っ込んで、中に出してほしくてたまんないんでしょ?」  意地の張り合いが続き、どちらも一歩も譲らない。向かい合ったまま、二人は互いに双眸を睨みつけた。 「……ねえ。勝負しない? せーのでキスし合って、先に我慢できなくなったほうが負け」  このままでは埒があかないと思ったのか。結城は新たな提案をしてきた。 「負けたらどうなるんだ」 「そうだなあ……もう許してって、泣いて頼むまで離してもらえない、とか」  結城が意味ありげににやりと笑う。その笑みが、篠宮の身体の奥に火をつけた。  離さないでほしい。彼の手にすべてを委ね、灼熱の槍で快楽の沼に突き落とされ、海よりも深い愛に心ゆくまで溺れてみたい。もう許してくれと、自分が泣いて頼むまで。 「結城……私の負けだ」 「へ?」 「もう降参する。私の負けでいい」 「……篠宮さん」  頭の回転の速い結城は、篠宮が多くを語らなくてもすぐに意味を解した。その眼が、獲物を前にした猛獣のようにすっと細められる。 「篠宮さんって……ほんと淫乱。激しいの大好きなんだね」  口許に笑みを張りつかせたまま、結城が胸の突起をきゅっとつまみ上げる。息が上がってくるのを誤魔化すため、篠宮は瞬間的に呼吸を止めてその刺激をやり過ごした。 「容赦しないからね。お望み通り、泣いて頼むまで離してあげないよ」 「ああ。そっちこそ、途中で()を上げるなよ」  不敵に微笑み、篠宮は腕を伸ばして結城の肩を抱き締めた。 「愛してるよ」  なんど聞いても心地好いその囁きと共に、そっと口接けが落とされる。  眼を伏せて、篠宮は広大な夜の海に身を任せた。閉じたまぶたの裏に、きらびやかで儚い祭りの灯りが見えたような気がした。

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