207 / 396

【終わらぬ蜜月】

 篠宮はかつてないほど迷っていた。  花や菓子だけではつまらない。  財布やネクタイもありきたりのような気がする。時計か鞄……いや、それは間に合っているようだ。  調理道具はどうだろうと思ってから、篠宮は、自分がそれを選ぶのは無理だということに気がついて落胆した。料理をしたことのない自分に、道具の良し悪しなど判るわけがない。  さんざん迷ったあげく、篠宮は考えを改めることにした。いろいろ悩んで結局決めかねるよりは、本人に訊いたほうが早いだろう。 「結城」  すぐそばにある彼の顔を見下ろし、篠宮は声をかけた。  ソファーに横たわったまま、篠宮の膝を枕にしていた結城が、その声を聞いて顔を上に向ける。半分うとうとしていたのか、少し眠そうな眼だ。 「んー。何?」 「もうすぐ君の誕生日だろう。なにか欲しい物はないか」 「えっ」  結城が驚いたような声を出した。 「篠宮さん、くれるの? 俺に? 誕生日プレゼント!」  いきなり身体を起こし、結城は篠宮の肩をがっちりとつかんだ。さっきまでの眠気はどこへやら、嬉しそうな表情を満面にたたえて篠宮の瞳を覗きこむ。あまりの喜びように気後れして、篠宮はソファーに腰掛けながら身を引いた。 「いや、その……あまり期待されても困るんだが。君からは浴衣を貰ったわけだし……何か、お返しができればと」  口の中でもごもごと呟くと、篠宮は語尾を濁して黙りこんだ。なにぶん人に誕生日プレゼントなど贈ったことがないので、普通の人なら当然心得ているであろう、相場や常識といったものを何ひとつ理解していない。  そもそも、恋人に贈るプレゼントとして何が相応しいのか。いちおう自分なりに調べてはみたものの、結城に贈るとなると今ひとつ決め手に欠ける物しか見当たらなかった。 「何がいいか考えてはみたんだが、なかなかこれといった物がなかったんだ。だから、もし何か欲しい物があれば……」 「あるある! 欲しいもの!」  結城が無邪気な顔で微笑む。どうせゲームのソフトか何かだろうと思っていた篠宮は、次の言葉を聞いて仰天した。 「俺、篠宮さんが欲しい!」 「なっ……!」  照れのひとつも無く、あまりにも率直に『欲しい』と告げられて、身体の奥がかっと熱くなる。濃密に愛を交わした昨夜の記憶が甦り、瞬く間に頰に血が昇っていった。 「ばっ、馬鹿……そんなこと」  そんなことならとっくの昔に、身も心も君のものじゃないか。喉元まで出かかった言葉を、篠宮は慌てて飲み込んだ。二十六にもなった男が、初めての恋に身も心も捧げるほど夢中になっているなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

ともだちにシェアしよう!