208 / 396
恋は盲目
「ね、篠宮さん」
そんな内心を知ってか知らずか、結城は腕を伸ばして優しく篠宮の手を握った。
「俺さ。この世に篠宮さん以上の人は居ないと思うし、篠宮さんが俺を選んでくれて本当に良かったと思ってる。これからも一生大事にしていくつもりだよ」
何を思ったか、結城が急に愛の誓いを口にし始める。それが誕生日プレゼントとなんの関係があるのか。そう思って聞き流しかけた篠宮は、次の一言を聞いてややショックを受けた。
「ただそんな篠宮さんにも、ひとつだけ俺にとって、困ったとこがあるんだよね」
他ならぬ結城からそう聞かされて、篠宮は激しく落ち込んだ。困った所と一概に言われても、心当たりがありすぎる。自分ときたら、愛想はないし融通はきかないし、冗談も通じない。正直なところ、他人から好意を寄せてもらえる要素など、まったくもってひとつも見当たらない。
「なんなんだ、困った所って……言ってくれれば、直すように努力する」
篠宮が気落ちした声で返事をすると、結城は驚いた様子でぶんぶんと首を横に振った。
「いやいや、直さなくてもいい! むしろ直さないで!」
「いや、そうは言っても……悪い所は、やはり直すべきだろう」
「悪い所じゃなくて、困った所。もう俺、デートの時とか、本当に困ってるんだよ」
そこまで言うと結城は手を伸ばし、篠宮の頰を愛おしそうに撫でた。
「篠宮さん、ほんと美人すぎて困っちゃうんだよね。まあ見せびらかしたいって気持ちも、ちょっとはあるけどさ。街なかでデートなんかした日には、もうどいつもこいつも、舐め回すみたいに篠宮さんのこと見てるじゃん? いくら篠宮さんが可愛くて綺麗だから仕方ないとはいっても、あんないやらしい眼でじろじろ見られるのは嫌なんだよ。俺のなんだから」
当然といった顔で言い切る結城を見て、篠宮は呆れ返った。いくら恋は盲目といっても度が過ぎている。どうやら結城の眼には、恋人ひとりだけが異常に魅力的に映る特殊な魔法がかかっているらしい。
「結城……君はいちど眼科に行ったほうがいいぞ。それより、誕生日プレゼントの話はどうなったんだ」
「そうそう、プレゼントの話だったよね。まあそんなわけで、たまには誰にも邪魔されない、二人きりでゆっくり過ごせる場所に行きたいなと思ってさ。ね、篠宮さん。一緒に旅行しよ? 俺、カナダに行きたい。八月だと、涼しくて最高の季節だよ」
「カナダ……」
思いもかけない提案を聞き、篠宮は驚いて鸚鵡返しに呟いた。
ともだちにシェアしよう!