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夢のような場所
「そう。もちろん自分の旅費は自分で出すからさ。篠宮さんと二人でいられるなら、それが俺にとって何よりのプレゼントだもの。ね、行こうよ、カナダ」
我ながら良い考えだとばかりに、結城は嬉しそうな笑顔で篠宮の眼を見上げた。
一緒に旅行する。最初に聞いた時は突拍子もないと思ったその考えが、急に現実味を帯びて胸の底に根付き始める。結城はカナダに住んでいたことがあったというから、エスコートも任せて大丈夫だろう。
「……馬鹿なことを言うんじゃない。今からなんて、予約できるはずがないだろう。盆休みは来週なんだぞ」
逸 る気持ちを抑えこみ、篠宮は常識的な意見を述べた。飛行機の切符くらいはなんとかなるだろうが、希望に合うホテルが空いているかは判らない。決して安くはない金を払ったあげく、不本意な旅行になってしまうのであれば、行かないほうが遥かにましだ。
「大丈夫。実はねえ、予約なしで行ける所があるんだよ。へへ」
すでに心は海の向こうに渡っているのか、結城はにこにこと楽しそうに微笑んで篠宮の手を握り締めた。
「予約なしで行けるって……カナダに別荘でもあるのか」
少し考えてから、篠宮は誰が聞いても順当だと思われる答えを返した。会社では自分の部下ということになっているが、実のところ結城は社長の息子でもあるのだ。一流企業の社長ともなれば、海外に別荘くらい持っていてもおかしくはない。
「あー、惜しい! でもいい線いってるよ。別荘ではないけど、うちの家族が自由に使っていい所があるんだ」
もちろん宿泊費もかからないよ、と結城がひとこと付け加える。その話を聞いて篠宮は余計に不安になった。自分の別荘でもないのに、予約も宿泊費も要らないなんて、そんな夢のような場所があるはずはない。
「篠宮さん。昔うちの会社に、いくつか保養所があったのって知ってる? もちろん、篠宮さんが入社する前のことだけど」
「ああ……それなら知っている。先代の社長の時の話だろう。以前はあったようだな。今の社長が経営見直しをした際に、ホテルの割引やテーマパークでの福利厚生に切り替えたと聞いているが」
「うちの会社の元保養所が、カナダにあるんだよ。経営見直しの時に売りに出したんだけど、ど田舎すぎて買い手がつかなくてさ。仕方なく親父が自分で買ったんだよね。一応キャンプ場って名目だけど、客なんて居ないし、俺ら家族はいつでも使っていいってことになってるんだ」
「そうは言っても……君はいいかもしれないが、私は赤の他人だぞ」
「もう、またそんなこと言って。他人じゃないでしょ。篠宮さんは俺の可愛い可愛い、大事なお嫁さんなんだから」
「だっ……誰がお嫁さんだ」
勝手に嫁呼ばわりされて篠宮は反論しかけたが、いちいち訂正するのも面倒だと考え直した。言ったところで、どうせ結城は聞きはしないだろう。
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