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運命の赤い糸

「元の建物は今は工房になってて、管理人さん夫婦が住んでるんだ。近くにコテージがあって、そこなら二人きりで過ごせるよ。エアコンはないけど、暖炉があるからそんなに寒くはないし。ねえー、行こうよカナダ。ねえねえー」  甘えた声で結城が身体をすり寄せる。半ば押し倒されるようになりながら、篠宮はどう答えるべきか思案した。  思えば『旅行』と名のつくものに行ったのは、高校生の時の修学旅行が最後だ。この機会に、結城と二人で行ってみるのも悪くないかもしれない。 「そうだな……まあ、君がどうしてもと言うなら」  ためらいつつもそう答えると、結城の顔が眼に見えて明るくなった。 「ほんと? じゃ、飛行機の手配は俺がしておくよ。朝晩は肌寒いから、上着も用意していかないと。着替えに歯ブラシにスリッパ……まあ、後は足りなかったら向こうで買えばいいかな。ぜんぶ俺に任せといて。篠宮さんは何も心配せずに、当日を楽しみにしててね」  車も借りて、食事はここで……と、結城がさっそく旅の計画を立て始める。  これでは、どちらが贈る側なのか分からない。一瞬そう思ってから、篠宮は苦笑と共に考えを改めた。もともと誕生日プレゼントは、結城を喜ばせるために贈ろうと思った物だ。つまり、彼が喜んでいるのであればそれで良いということになる。 「よーし。じゃあ、ちゃっちゃっと手配しちゃおうかな」  結城がテーブルの上の携帯電話を手に取った。画面の上に素早く指を走らせ、耳に当てながら気楽な口調で話し始める。 「……あ、親父? うん、元気元気。あのさー。来週の十三日から、アルバータのコテージに二、三泊したいんだけど。空いてる? うんうん、じゃあお願い。え? ……いや、そんな野暮なこと訊かないでよ。ははは。じゃあよろしくね」  簡単な電話一本でさっさと宿を確保すると、結城は顔中の筋肉を緩ませて篠宮の肩にもたれかかった。 「あーもう今から楽しみー。早く来週にならないかな」 「遠足に行く子供じゃないんだ。もう少し落ち着け」  あえて冷たい口調で言い放つが、結城は意にも介さない。夢見るような恍惚とした瞳を、篠宮に向けているだけだ。 「だって……夢みたいでしょ? 世界中の憧れの的である篠宮さんを口説いて、プロポーズも受けてもらって、ついに新婚旅行まで漕ぎつけたんだよ? 俺、自分で自分を褒めてあげたい」 「新婚旅行じゃないだろう……それに、誰が憧れの的だ。本当にそうだったら、今ごろ君とは付き合ってない」 「付き合ってるよ。だって俺と篠宮さんは、運命の赤い糸で結ばれてるんだもん」  当然とばかりに笑顔で言い切り、結城は指切りをするように篠宮に小指を絡ませた。

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