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肩を寄せ合って

「篠宮さんってほんと律儀……せっかくこんなど田舎まで来たんだから、俺としてはあんまり篠宮さんを人目に晒したくないんだけどな。篠宮さん見たら、きっとみんな一目惚れしちゃうもん」 「何を言っているんだ……馬鹿馬鹿しい」  結城のいつものたわ言を一蹴し、篠宮は車から降りた。さわやかな緑の香りを含んだ風が通り過ぎていく。青々と繁った樹と、美しい草花と、豊かな実りを約束する土の匂いだ。 「ね。せっかくだから歩いていかない? 陽が沈むにはまだ早いし。今の時期は日没が遅くて、夜の九時過ぎでもまだ明るいんだ。飛行機や車もいいけど、座ってばかりじゃ身体が(なま)っちゃうよ」  結城が、当たり前のように篠宮の手を取って歩き出した。 「あっ……」  反射的に振り払おうとしてから、篠宮は思い直してしっかりと結城の手を握った。  ここなら、人目を憚ることもない。誰に隠す必要もない。男女の恋人と同じように、手をつなぎ肩を寄せ合って歩くことができるのだ。今この時になって篠宮は、結城がなぜここに来たいと望んだのか、みずからの身をもってようやく理解した。  元は会社の保養所だったというその建物は、管理人だというその人物がかなり増築改築を繰り返したらしい。妙な所から煙突が飛び出し、丸木小屋のようなものまで併設された、ひどく趣きのある家になっていた。 『こんちはー!』  申し訳程度に玄関をノックすると、結城は返事も待たずにいきなりドアを開けた。 「……あれ。返事がないな。このくらいの時間に着くって言っといたはずなんだけど」  拍子抜けしたように結城が呟く。失礼と知りつつも、篠宮は結城の肩越しに室内を覗きこんだ。部屋の中には誰もおらず、木製のテーブルや椅子といった簡素な家具が並んでいるだけだ。その向こうには、別室へ続くと思われる扉があった。 『リンダー? アンジー! 居るの?』  礼儀も何もない口調で、結城が部屋の奥に向かって呼びかける。扉の向こうから、フランス訛りの英語が聞こえてきた。 『はーい、ちょっと待ってね。いま行くわ』  がたがたと騒がしい音がしたかと思うと、奥の扉が開き、小柄で金髪の女性が汗びっしょりになりながら顔を出した。  着古した木綿のシャツにジーンズといった出で立ちで、歳の頃はよく判らない。あえて言うなら、二十代から四十代の間といったところだろうか。髪を引っ詰め、顔のあちこちに煤のようなものが付いているが、よく見ると整った魅力的な顔立ちをしている。

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