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過ぎたこと
『黙って聞いていて申し訳ありません。仕事柄、英語を使う機会が多くありますので、意思の疎通に支障ない程度には話すことができます』
自分の知らない結城の過去にショックを受けながらも、篠宮はどうにか自らを誤魔化して冷静を装った。
結城が、自分と出逢う前は複数の恋人と関係をもっていた。なんとなく分かってはいた事だが、他人の口からこうもはっきり言われると、やはり割り切れない思いが残る。
動揺を押し殺し、篠宮はひとつ深呼吸をした。浮気をされたわけではないのだから、こんな些細な事で傷つくのは間違っている。過ぎたことは、過ぎたことだ。そう自分に言い聞かせることで、次第に気持ちが落ち着いてくる。
『あ、あの……ごめんなさい。たとえ言葉が解らなかったとしても、眼の前であんなことを言うなんて、無神経だったわ』
『いえ、いいんです。誹謗中傷ではなく、事実なんですから』
「違うんだよ篠宮さん。あれは別に、付き合ってるとかじゃ」
「結城。君は黙っていてくれ」
身を乗り出してくる結城を、篠宮は手のひらで制した。嫉妬に痛む胸を抑え、強いて虚勢を張ってみせる。
『別に嫉妬なんてしていません。そんな大昔のことを気にしても、無意味ですから』
『……そうね』
探るような眼で、彼女は篠宮を見上げた。この話題をいつまでも引きずっても、お互いにとって益はない。そんな思いが見え隠れする。
『ミスター・シノミヤ。たしかにカナトは学生時代、何人もの女の子と付き合ってたわ。でもカナトが本当に好きになったのは、間違いなくあなただけよ。今のカナトの慌てぶりを見たら、それがよく判ったわ』
そこまで言うと、彼女は重苦しい雰囲気を一度に吹き飛ばすような、悪戯っぽい笑みを見せた。
『ねえカナト。ミスター・シノミヤの発音、とても美しいわね。セクシーだわ。それに、目許がとてもミステリアス。カナトが夢中になるのも解るわね。この私でさえ、ちょっと好きになっちゃいそうだもの』
明らかに冗談といった口調であるにもかかわらず、彼女の言葉を聞いて結城が血相を変える。
『駄目だめ! 篠宮さんは俺のなんだから』
『あら。ちょっと褒めただけで、こんなに目くじら立てるなんて……本当に本気みたいね。ね、カナト。こんな素敵な、心から深く想える人に出逢えたんだもの。泣かせたりしないで、ちゃんと大事にするのよ』
『もちろんだよ!』
間髪を置かず篠宮の腰を抱き寄せ、結城は甘えるように肩にもたれかかった。
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