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惚気話
「ばっ、馬鹿……こんな、人前で」
篠宮は慌てて結城の身体を押し返した。同時に、自分が何を言ってしまったかということに気がついて愕然とする。話の成り行きで仕方なかったとはいえ、結城の過去の恋人のことは水に流すと、はっきり口にしてしまったのだ。つまり、自分たち二人が恋仲であると、全面的に認めてしまったことになる。
『ところで。今日の夕食はバーベキューにしようと思ってるの。あなたたちも一緒にどう?』
リンダが急に話題を変えたので、篠宮は助かったとばかりに胸を撫で下ろした。
『やった! いいねバーベキュー!』
大自然の中ならではの食事に、結城が歓声を上げる。派手で豪快なことが好きな彼らしいと思い、篠宮は微かに苦笑した。
『でもリンダは、アンジーと二人で過ごしたいんじゃないの? 一週間ぶりに逢うんでしょ?』
結城がそう言ってからかうと、リンダは茶目っ気たっぷりに眼を細めた。
『そうよ。だから食べ終わったらさっさと帰ってね』
『もちろんだよ。俺だって、可愛い恋人と二人きりで過ごしたいもんね』
それぞれの惚気 話に辟易しながらも、篠宮は不思議に思って首を傾げた。自分はどう見ても男性だ。同じく男性である結城が、男の自分を恋人として紹介したのに、彼女の眼には驚きや困惑といった表情が欠片 も浮かばなかった。
この国では、しばらく前から同性婚が認められていると聞く。世界的にも、同性同士の関係を認めていこうという動きがあるのは確かだ。
とはいえ。久々に会った知人からいきなりそんな話を聞かされたら、普通なら多少なりとも戸惑いがあるものではないだろうか。知人が同性の恋人を紹介しても、彼女はそれを当たり前のこととして受け入れているように見える。その自然さをかえって不思議に思い、篠宮は心の中で首を傾げた。
『アンジーも、久しぶりにカナトに会うのを楽しみにしてたのよ。こんな素敵な恋人を連れてきたなんて知ったら、びっくりするんじゃないかしら。五時までにはうちに着くって言ってたから、そろそろ帰ってくるはずよ。ほら……車の音が聞こえるわ』
その言葉に合わせ、篠宮は遠い樹々に向かって耳を澄ました。言われてみれば、小石を踏むタイヤの音が微かに聞こえるような気がする。
「ああもうっ。早く帰ってこないかしら」
待ちきれないといった様子で、リンダは玄関前の階段を駆け下りた。今にも夫の姿が眼に入るかと、背伸びをしながら樹々の間を見つめている。
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