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不思議なざわめき
「あー、お腹いっぱい! やっぱこっちのバーベキューは、ボリュームが違うよね」
篠宮と肩を並べて歩きながら、結城は満足そうに呟いた。
一歩踏み出すたびに、青々とした草が柔らかく足先を受け止める。コテージまで通じるような道らしき道はないが、丘を登って降りると、遠くのほうに赤い屋根のついた建物があるのが見て取れた。
「君は本当に食欲旺盛だな。彼女たちが眼を丸くしていたぞ」
「えへへー、大丈夫だよ。食べる物には困らないよう、先にこっちで手配しといたからね」
そう言って、結城は片手に持った手提げ袋を掲げてみせた。中にはパンやハム、レタスなどがたっぷりと詰めこんである。朝昼の食事くらいは自分たちで作るからと、結城が申し出て受け取ってきた食材だ。
「明日もいい天気みたいだよ。篠宮さんって、晴れ男だよね。篠宮さんとどっかに行く時、雨が降ったことって無いような気がする」
「いや……見た目からいうなら、君のほうが晴れ男だろう」
「そんなことないよ。俺一人で会社の研修に行く時とか、だいたい雨降ってるもん」
「それを言うなら、私も一人で得意先に行く時は雨のことが多いぞ」
「そうなの? あはは。じゃあマイナスとマイナスを掛けて、プラスになってるのかもね」
他愛ない話をしながら、二人で足許の土を踏みしめていく。夕刻といっても空はまだ明るく、歩いて帰るには何の支障もない。リンダたちの話では、熊や猪や蛇などの危険な動物は、この辺りには居ないとの話だった。たしかにそんな危険と隣り合わせでは、女性二人だけで暮らしていくことなどとても出来ないだろう。退屈なほど平和で、安全な場所であるのは確かなようだ。
徒歩三十分ほどかけてようやくコテージにたどり着くと、結城はさっそく冷蔵庫を開けて明日の食事の予定を立て始めた。
「明日の朝ごはんはシリアルでいいかな。お昼はサンドイッチにしようか。それ持ってピクニックに行けたら楽しいよね。あ。篠宮さん、先にお風呂入ってきていいよ。俺、その間に明日の下ごしらえしとくからさ」
背を向けたまま、結城が先に寝支度をするよう篠宮に促す。心の内に不思議なざわめきを覚え、篠宮は曖昧に返事をした。
「あ……ああ」
日常とは違う状況に置かれても、結城はてきぱきと次の計画を立て、その通りに実行していく。その広い背中を見ていると、どこかくすぐったいような、甘い想いが胸に満ちていくのを篠宮は感じた。
思えば、この旅行は自分にとって何もかも初めて尽くしだ。初めての旅、初めての場所、そして初めて会う人々。そのせいで気分が高揚しているのだろうか。ここまでたどり着いた達成感に加え、結城がいつも以上に頼もしく、愛おしく思える。
新婚旅行が離婚の原因になったという話を時たま耳にするが、結城のエスコートは完璧で、不手際なところなどひとつもなかった。安心して気を抜いていいはずなのに、なぜかかえって気持ちが落ち着かない。
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