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思わず絆されて

「あれ。どうしたの? 心配しなくてもいいよ。こんなど田舎だけど、お湯はちゃんと出るから」  不意に結城が振り返る。その整った顔を見て、篠宮は初めて、自分の心に生まれた不穏なざわめきの正体を知った。  惚れ直す、という言葉。それが、自分の今の胸の内をもっとも的確に表す言葉だ。そう気づいて、篠宮は羞恥で頰を赤らめた。そもそも恋をしていなければ、改めて惚れ込むことなど有り得ない。自分には一生縁がないと思っていた感情だった。 「いや別に、お湯が心配なわけでは……」  熱くなる頰を隠すため、わざと顔をそむける。言葉を濁す篠宮を見て、結城は何かに気がついたように眼をしばたたかせた。 「……ああ。ごめんごめん。明日のご飯の準備なんかより、こっちが先だよね」  レタスとハムの塊を冷蔵庫に突っ込み、結城が扉を閉めて立ち上がる。一歩ずつ近づいてくる彼の息遣いを感じるたび、自然に胸が高鳴った。 「こっ、こっちが先って……」 「やだなあ、分かってるくせに。せっかく二人きりになったんだから、イチャイチャするほうが先でしょ?」  速くなる鼓動を聞かれまいとして、篠宮は思わず後ずさった。その動きを予測していたかのように、結城が腕を伸ばして恋人の腰を捉える。優しい口接けが、そっと頰をかすめていった。 「篠宮さん、愛してる。男同士だとか、周りの人の眼だとか、社内恋愛禁止だとか……ここにいる間はそんなこと全部忘れて、二人きりで過ごそう」  耳許で優しく囁き、結城は篠宮の肩を抱き締めた。 「あ……」  くちびるが重なり、僅かに開いた隙間から甘い吐息がこぼれる。身体に力が入らなくなり、篠宮は自分から結城の背に腕を回してしがみついた。 「愛してる……」  結城の手がシャツのボタンを外し、くちびるが首筋へと移動していく。うなじの辺りに口接けられると、電流でも流れたかのように背すじがぴくぴくと震えた。 「篠宮さん、もっと声出してよ……ここならどんなに声出したって、絶対に聞こえないよ」  すでに熱を持ち始めた篠宮のものを、結城が服の上からそっと撫でる。このまま身を任せてしまいたい衝動を抑えこみ、篠宮は必死で抵抗の言葉を喉から絞り出した。 「あ、や……待ってくれ」 「お風呂入ってからにする?」  攻撃の手を緩め、結城が微笑と共に問いかけてくる。  その優しい声に思わず(ほだ)されてしまいそうになり、篠宮は慌てて気持ちを引き締めた。今までの経験から、きっぱりと断言できる。こんな風に流されるまま身体を重ねてしまったら、明日に支障が出るのは確実なのだ。

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