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今でも覚えてる

「そんな時に、親父がさ。ロサンゼルスで食品関連のコンベンションがあるから、おまえも一緒に来いって言ったんだ。あのスピーチって、多田部長がインフルエンザにかかったせいで、篠宮さんが急遽代理を務めることになったんでしょ? 親父もそのへんの事情は把握してたみたいでさ。おまえとたいして変わらない歳の男が、どんな風に働いてるか見てみろって、俺に言ったんだよ」  手を伸ばしてカップを掴み、結城は早くも冷めかけたコーヒーを喉に流しこんだ。 「親父としては、将来のことも考えずちゃらんぽらんに暮らしてた俺に、ちょっとばかり刺激を与えてやろうと思ったんだろうね。部長の代理を任されるくらいなんだから、篠宮さんが若いけど有能な社員だってことは、いちいち調べなくても判ることだし。面倒くさいなとは思ったけど、親父も一度こうだって決めると、けっこう強引だからさ。仕方ないなと思ってついていったんだよ。で……そこで初めて、壇上に立っている篠宮さんを見たんだよね」  その時のことを思い出すかのように、結城は眼を細めて微笑した。 「雷に打たれたみたいだった。今でも覚えてるよ。凛として、威厳があって……こんな人がこの世にいるのかと思って、眼が釘付けになった。あれって一目惚れだったんだね。そんな気持ちになったことがなかったから、自分でもそれがなんていう感情なのか分からなかったんだよ。それからはもう、寝ても覚めても、頭の中は篠宮さんのことばっかり……しまいには親父に頼みこんで、篠宮さんの部下として入社させてもらったんだ。篠宮さんにとっては、迷惑だったかもしれないけどね」  少しばかり冷えこんできた夜の中で、結城がさらに身を寄せて、二人の身体に毛布をかけ直す。甘い告白に照れくささを感じて、篠宮はわざと水を差すように彼をからかった。 「本当に迷惑だったぞ。勝手に惚れ込んで、勝手に押しかけて……あの時は、ひと月も経てば君も飽きるに違いないと思っていたが」 「飽きるなんてあるわけないじゃん。実際に一緒に働くようになったら、ますます好きになったよ。カッコいいだけじゃない。綺麗で可愛くて優しくて……もう、これ以上俺を虜にしてどうするつもり? って感じ。ねえ篠宮さん。俺、本当に、こんな気持ちになるの初めてなんだ。知るたびにどんどん好きになって、今でもそれが続いてる……毎日毎日、惚れ直してるよ。女の子たちと付き合ってたときは、そんなふうに思うことなんて一度もなかったのに」  そこまで言うと結城は、なにか物思いをするように瞳を翳らせた。

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