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自分だけのもの

「そのうちに月が満ちて、リンダとアンジーがこの世に誕生したわけなんだけどさ。あの二人って、同じ日に、同じお屋敷で産まれたんだって。お嬢さまと召使いの娘っていう身分の違いはあったけど、子供の頃は双子みたいにずっと一緒に育てられたんだ。お互いが運命の相手だって、物心ついた頃にはもう気づいてたって二人が話してたよ。結婚する時も、どちらかがプロポーズしたわけじゃなくて、暗黙の了解だったみたい」  同じ日に同じ屋敷で生まれ、特に約束を交わすわけでもなく暗黙の了解で結婚する。そんなことが本当に起こり得るのかと、篠宮は驚愕のあまり思わず息を飲んだ。 「信じられない話だな……いくら子供の頃に仲が良くても、普通なら成長するにつれて、それぞれの人生を送るようになるものだと思うが」 「俺も昔はそう思ってたよ。でもああして今でも仲良く暮らしてるんだから、あの二人は本当に、不思議な縁で結ばれてるんだよね」  結城が静かに呟く。その声からは憧れと、微かな嫉妬が感じられた。 「あの二人が羨ましいのか」 「そりゃ羨ましいよ。俺と篠宮さんだって、同じように運命の赤い糸で結ばれてるのに。だったらリンダたちみたいに、生まれた日から逢わせてくれたっていいじゃん。恋愛の神様って、不公平すぎるよ」  口を尖らせて不平を洩らす結城を見て、篠宮は小さく溜め息をついた。生まれた時から共に在り、お互いに惹かれ合う二人。異常なくらい濃密な、呪いといってもいいほどの強い絆。それは、篠宮には恐ろしいもののように感じられた。 「もし生まれた時から一緒だったら、君が私を好きになることもなかったと思うぞ」  篠宮が至極真っ当な答えを返すと、結城はとんでもないと言いたげに首を大きく横に振った。 「そんなことないよ! 俺は赤ちゃんの頃の篠宮さんも、ランドセル背負ってる篠宮さんも、学生服着てる篠宮さんも、全部この眼で見たかったんだ。エリックだって、篠宮さんが大学生の時に会ったんでしょ? もう、俺より先に知り合ってる奴はみんな敵!」  恋人は自分だけのものだと言いたげに、結城は腰に回した手に力を込めた。 「俺、もっと早く篠宮さんに逢いたかった。篠宮さんを世界でいちばん愛してるのは俺なのに、その俺の知らない篠宮さんを知ってる奴が、この世に居るんだよ? リンダたちみたいに同じ日に同じ場所で生まれて、ずっと相手だけを見て過ごしてきたなんて……羨ましすぎる」  どうやら真面目に言っているらしいと気がつき、篠宮は苦笑いを浮かべた。通りすがりの、そんな過去の人々にまで嫉妬するのか。年月と共に成長していく恋人をすべて自分の眼で見たいという、結城のその欲深さに呆れ返る。  だが常識外れという点でなら、自分も人のことは言えない。そう思って、篠宮は自らの心の内をもういちど振り返った。口では色々と言っても、結城の嫉妬深さを本当に迷惑と感じたことは一度もない。恋人の並外れた独占欲を重荷に感じるどころか、こんなに深く愛されて嬉しいと思ってしまうのだ。

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