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一握りの選ばれた者

「言い方が冷たいのよね。取りつく島もないって感じ。あの人と話すと、自分がなんの取り柄もないみたいに思えて自信なくすわ」 「そうそう。仕事ができりゃ良いってもんじゃないわよ」  仕事をしに来ているのだから、仕事ができれば良いではないか。篠宮は心の中で反論した。そう思ってしまうところが、煙たがられる原因なのだろう。 「そんなことより。結城さんって、彼女いるの?」 「いませんよ」  結城がさらりと答える。  篠宮は耳を疑った。あれで恋人が居ないのなら、自分になど一生できるわけがない。それとも、決まった彼女は居ないという意味だろうか。彼の容姿とあの愛想の良さをもってすれば、日めくりのように毎日相手を変えることだって可能だろう。 「ええっ、ほんとに?」 「みなさーん、フリーですってよ!」  女性たちがひときわ高い声を上げる。中の一人が、甘えるような口調で結城に問いかけた。 「ねえねえ。好みのタイプ教えてもらってもいい?」 「うーん。やっぱり、頭が良くて仕事のできる人かなー」  結城が軽い口調で返事をする。普通の男なら趣味が合うとか料理が上手いとか言うところだろうが、彼は違うようだ。なんでも奢ってやると言われて社食のハンバーグと答えるあたり、他の人とはちょっと感性が違うのかもしれない。 「天野係長みたいな人?」 「うっそ! わたし勝ち目ないじゃない」  女性たちのどよめきが聞こえる。頭が良くて仕事ができるという観点でいうなら、たしかに天野係長をおいて他には居ないだろう。 「天野係長って、あのポニーテールの美人さんだよね? たしかにあの人も素敵だけどねー。やっぱ理想は篠宮主任かなあ。もう男前すぎて、一目見ただけで惚れちゃったよ」  結城の楽しげな笑い声が聞こえる。篠宮は仰天して、足許の階段を踏み外しそうになった。なぜそこで自分の名前が出てくるのか。 「え。ひょっとして、さっきの『好き』って、ガチでそっちの意味だったの?」 「あー。もうそういう事でいいよ、ははは。で、どうなの? 篠宮主任って、恋人いるのかな」 「居ないわよ。それはリサーチ済み」  やけにきっぱりと言い切る声が聞こえた。とはいえ、実際に居ないのだから仕方ない。何もしなくても女性たちから熱い視線を向けられ、デートだなんだと楽しく日々を過ごすことができるのは、一握りの選ばれた者だけなのだ。  自分みたいな人間は、真面目に恋人が欲しいと思ったら、気の遠くなるような時間とお金をかけて努力しなければならない。婚活市場がいつまで経っても盛況なのはそのせいだろう。篠宮はこの歳になってそのことを実感していた。今時は小学生でさえ彼氏だの彼女だのといってはしゃいでいる時代なのに、自分にはそんな浮いた話などまったく縁がない。 「ほんとに居ないの? あれだけカッコ良かったら、女の人が放っとかないと思うけど」 「間違いないわ。企画部の情報収集力を甘く見ないでよ」  女性たちの誰かが自信たっぷりに答えると、他の皆も次々と後に続いて話し始めた。 「たしかに顔は良くて背も高いし仕事もできるけどね。でも、性格があれじゃあ……」 「私はイヤだなあ。厳しいっていうかお堅いっていうか、話してても楽しくないっていうか……」 「あたしも絶対パス。自分より綺麗な男となんて、一緒に歩きたくないわ」 「まあスペックだけなら文句の付けようがないじゃない。狙い定めて熱烈アタックした猛者が、過去に何人かはいるの。でもみんな最後には諦めてたわ。だって、普通の男なら確実に落ちるような手を使っても、ぜんぜん通じないんだもの」 「とにかく鈍いのよね。仕事に関することなら、信じられないくらい細かい気遣いができるくせに、女心は解んないのよ。最悪だわ」  女性たちの話は尽きない。アタックした女性がいると言っていたが、篠宮のほうにはそんな記憶はまったく無かった。おそらく、そういう所が駄目なのだろう。  会話の内容に少々落ち込みながら、篠宮は腕時計を見た。もうじき休憩時間も終わりだ。  これ以上放っておくわけにはいかない。意を決して、彼は階段を降り始めた。踊り場を曲がり、愛想よく微笑んでいる結城に声をかける。 「結城くん。そろそろ仕事に戻る時間だぞ」 「あ……」  篠宮の顔を見て、女性一同の表情が凍りつく。ただ一人、結城だけは悪びれもせず、おそらく彼が得意としているであろう人懐っこい笑みを浮かべた。 「あ、篠宮主任。もしかして今の話、聞いてました?」  結城がいきなり核心を突いてくる。  立ち聞きするつもりは無くても、結果的にそうなってしまったのは事実だ。聞いていないと言うのは簡単だが、嘘はつきたくない。努めて平静を装い、篠宮は言葉を続けた。 「あんなに大声で喋っていたら、聞こえるのが当然だろう」  冷たく言い放っても、結城はひるむ様子がない。それどころか、逆に一歩前に踏み出してきた。 「聞いてたんなら話は早いや」  何を思ったのかひとつ深呼吸をして、結城は真剣な表情で篠宮の眼を見据えた。

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