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昼休み
「篠宮主任、好きです! 一目惚れでした! 結婚を前提に、俺とお付き合いしてください!」
まったく予想していなかった言葉に、篠宮は度肝を抜かれた。周りの女性たちも、あまりのことに呆然としている。
「……君」
最初の衝撃が去ると、篠宮は呆れ返って溜め息をついた。
「馬鹿なことを言っている場合じゃない。人をからかうにも程がある」
「えー。俺、真面目に言ってるんですけど」
「余計に悪い! だいたい、我が社は社内恋愛禁止だ!」
不機嫌な声で言い捨て、篠宮は一人で営業部に向かって歩き始めた。馬鹿げた冗談など相手にしていられない。こっちは忙しいのだ。
「ちょっと結城さん! 今の発言、どういうことなの?」
「マジで好きってこと? だよね?」
背後で、女性たちが結城に矢のような質問を浴びせている。その間をかいくぐって、結城の必死そうな叫び声が聞こえてきた。
「篠宮さん! この缶ゴミ箱に捨てたら、すぐ戻りますから!」
もはや馬鹿馬鹿しすぎて振り向く気力もない。こんなに苛々したのは生まれて初めてだ。とにかく一秒でも早く育て上げて、自分の元から去ってもらわなければ。その思いを新たにしながら、篠宮は自分の机へと向かっていった。
ここの営業は、だいたい入社後半年くらいで独り立ちするのが普通だ。しかし、そんな悠長なことは言っていられない。
早く一人前にするためには、多少自分の仕事を後回しにしてでも、本腰を入れて教育しなければ。そう決意した篠宮は、翌日の朝から結城の机にマニュアルの山を築き、電話とメールの対応について叩き込んだ。
メールの返信、納期の管理、スケジュールの調整。永遠に終わらないのではと思う仕事を前にしながらも、結城はくじけることなくついてきた。
「ふぁー。営業って大変なんすねー」
昼になると、結城は伸びをしながら大仰に机に突っ伏した。さすがに疲れた様子だ。
「……結城。一緒にメシ行かねえ?」
不意に名前を呼ばれ、結城は顔を上げた。篠宮の後輩である山口と佐々木が、彼のそばに並んで立っている。
「いつの間に仲良くなったんだ」
篠宮は疑問に思って尋ねた。結城が入社してまだ二日目だ。昨日はほぼ一日机に向かっていたはずだし、こんなふうに気さくに食事に誘われるほど、彼らと親しくなる時間があったとは思えない。
「あ、昨日トイレ行った時に、偶然一緒になったんです。映画の話でちょっと盛り上がって。アメリカで先に封切りされてるから、どこまでがネタバレかなーなんて話してたんですよ」
社食ハンバーグのこと教えてくれたのも、山口さんなんですよねー。結城はそう言って、長めの髪を耳にかけながら笑った。
「そうか」
結城を食事に誘ってくれる仲間が思いがけず現れ、篠宮はほっと安堵した。昼休みのことを考えると、気が重くて仕方なかったのだ。
昨日の言動から推測すると、結城はきっと、昼食は篠宮と一緒に食べたいと言い出すだろう。昨日は初日ということで部長が同席してくれたからなんとか間がもったが、この男と差し向かいで食事をするのは御免こうむりたい。
休み時間に仕事の話ばかりするのも気がひけるし、かといってプライベートで共通の話題など見つかりそうもなかった。早々に友達を見つけて、一緒に食べてきてくれるのなら都合がいい。
何やらがやがやと、入り口の辺りが急に賑やかになったのはその時だった。
「ねえ結城さーん。私たちと一緒にごはん食べようよ」
若い女性の声が響き渡る。眼を向けると、隣の企画部の女性たちが手を振っているのが見えた。ピンクやら水色やらの華やかな集団がすぐに一斉に移動し始め、すぐに結城の周りを取り巻く。
「おい、俺たちが先に誘ったんだぞ。可愛い子紹介してもらうって約束してんだから、邪魔するなよ」
佐々木が口をとがらせた。
社長の息子だとは誰も知らないはずなのに、結城の周りには自然に人が集まってくる。篠宮は自らを振り返った。同じ人間だというのに、こうも違うものだろうか。
「可愛い子なら眼の前にたくさん居るでしょ。こんな所で喧嘩したくないわ。みんなで仲良く一緒に食べましょうよ。それならいいでしょ?」
女性の一人が甘い声で答える。その仕草に少しばかり鼻の下を伸ばしながらも、佐々木は拗ねたような顔で返事をした。
「はいはい。どうせみんな、結城がいい男だからって狙ってるんだろ」
「狙いたいところなんだけどねー。残念ながら結城さん、ここで一目惚れしちゃったっていう人がいるの。この先どんな美女が束になってかかってきたとしても、もうその人以外は眼に入らないんですって。そこまで言われちゃあ、私たちも諦めざるを得ないわ」
そこまで口にしてから、彼女は思わせぶりに微笑んだ。
結城が一目惚れしたという人物。それが誰なのか分かってはいたが、篠宮はあえて素知らぬふりをした。というより、どう反応していいのか分からない。昨日の出来事が何かの間違いであったことを祈るばかりだ。
「誰だよその相手。一目でそこまで惚れるような美人、うちの会社に居たっけ?」
「あ。もしかして係長? ダメダメあの人。たぶんアラブの石油王でも落とせないから」
山口と佐々木が並んで首を傾げる。企画部の女性は、腰に手を当てて微笑んだ。
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